城之内×杏子ぽい描写があります。
ご注意ください。



「それじゃ、今日は無礼講ということで」
 乾杯!の声が、大広間のそこら中であがる。
 天候も崩れることはなく、だれかが急病で倒れることもなく、撮影は順調に進み、今日でこの島でのロケもめでたく終了だった。
 遊戯は、お子様グループにひとまとめにされていた。今は、インセクター羽蛾役の子と仲良さそうに話をしている。モンスターの名前が、漏れ聞こえてくるところをみると、カードゲームの話でもしているのだろう。子供連中はスポンサーが提供してくれたカードゲームに夢中で、ヒマさえあればよく「デュエル!」をして遊んでいた。
 そもそも中学生と小学生は、大学生と小学生より話は合うだろしな。
 城之内はコップに注いだビールを飲み干しながら、ため息をついた。
 女々しい。
 遊戯の方を見ないようにして、もう一度ため息をつく。嫉妬してるのは自覚していた。そんな顔をみせるわけにはいかない。
 同い年だったら。同じクラスだったら。幼なじみだったら。
 そうしたら遊戯と、ずっと一緒に居られたんだろか。
 なにも気にせずに、そばに居られるんだろうか。
 そんなことを夢想する自分が情けない。
 またもや深いため息をつくと、上の方から声がした。
「大丈夫ですか、城之内さん。酔いました?」
 顔をあげると、浴衣を着た金髪の美女がビールの瓶をもってのぞき込んでいた。
「舞ちゃんか」
 孔雀 舞は、城之内の妹の静香の一つ年下だ。年が近いせいもあって仲がいい。派手目で明るい巨乳アイドルで売ってるが、実際のところは舞は家庭的なタイプの大人しい女の子だった。
「お注ぎしますね」
「オレのとこなんて、後回しでいいぜ」
「逃げてきたんですよ」舞は小声でささやいた。「杏子さん、猥談はじめちゃったから」
「ああ」
 城之内は、上座に近いほうでもりあがっている集団をながめた。スタッフもまじえた一番年齢層の高い集団である。作中では、舞よりも年下の真崎 杏子だが、実のところ主演陣では一番の年上だった。芸歴も長いので、誰も逆らえない。気っ風のいい姉御肌なところがあって、悪いひとではないのだが、どうにも大人しい舞とはあまり相性が良いとはいいがたい。
「男の人なら、まだしょうがないって我慢するけど……」
「まあなぁ」
 舞は潔癖性なのだ。シモネタ話をされただけで、まっ赤になって怒る。
 杏子は、そんな舞をちょくちょくからかう。かわいいから虐めたくなるじゃないと悪びれずに言っていたのを城之内は思い出した。
「まあ、今日だけの辛抱だ。明日には帰れるだろ」
「そうですよね」舞はほっとしたように肯いた。「そういえば静香ちゃんにお土産買いましたか?」
「いや、まだ。何がいいかな。ホテルの売店で買えばいいかな」
「いいんじゃないですか。あんまり他と売ってるもの、変わらないみたいですし」
「そうだな」
 遊戯たちは、まだ楽しげに話をしていた。城之内はもう一度小さくため息をついて、ビールを煽った。



 ビールと日本酒をちゃんぽんで飲んでいたら、さすがに回ってきた。
 このまま飲み続けたら、ろくでもないことを口走りそうだ。
 城之内はそっと立ち上がると、狂乱状態の広間を出た。
「外の空気でも吸うかな……」
 あのどんちゃん騒ぎの中に、まじる気にはなれない。そろそろハダカだのなんだのが飛び出す頃だろう。遊戯たちチビどもは、食事が終わるとさっさと部屋に戻らされていた。
 子供同士で話でもしてんのかな。
 城之内は浴衣につっかけといった姿のままで、ふらふらと庭に出た。
 軒先にあった、自販機で飲み物と煙草を買う。隣にあったベンチに座り、ぼんやりとタバコをふかしながら夜空を眺めた。雲一つ無い。
(……一服してから戻るか)
 少しは酔いも醒めるだろう。頭も冷やさないといけない。いい加減、どうにかしたい。遊戯のことばかりで頭がいっぱいだ。
「あら、なによ、こんなところに居たの?」
「真崎さん」
 真崎 杏子だった。すこし着崩れた浴衣が色っぽい。「隣いいわよね」というなり、城之内の返事もまたずに座り、城之内がくわえていたタバコを勝手に奪った。
「お酒飲んだときだけは、吸っちゃうのよね」
「戻らなくていいんですか?」
「なによ、私と一緒にいるのイヤなの?」
 ふふんと笑って、細い指先で城之内の顎を撫でる。
「食われそうだから」
 真崎はコケティッシュに笑った。どうしようかと城之内は自問した。後腐れはなさそうだし、セックスが嫌いなわけじゃない。遊戯のことを考えて抜くより、彼女に食われるほうがよっぽど「普通」なんだろう。
 悪いひとじゃない。それどころか、自分がこれまで知ってる女の中でも上等の方に入る。向こうも本気じゃないのだろうが、そういう風に付き合うのも悪くはない。
 城之内は、至近距離で真崎を見つめた。長い睫毛に、くっきりとした面立ち。きれいな顔だった。ダンスで鍛えた彼女の身体は、生気に満ちている。まるで獲物に飛びかかる肉食獣みたいに元気いっぱいだ。薄い浴衣でつつまれた細い腰も、豊かな乳房もみんな魅力的なもののはずだった。
 それなのに。
 ――ああ。ちっともオレは興奮してねぇ。
 遊戯なら、手を握るだけで有頂天になるのに。折れそうな細い首、対照的にふっくらとした頬、大きな瞳。そんなものにバカみたいに欲情すんのに。
 だめだわ、やっぱ。

「城之内さん!」

 ふたりは振り向いた。遊戯だった。浴衣の上に丹前を羽織った遊戯が顔を真っ赤にして、こちらにやってくる。からころと乾いた下駄の音がした。
 城之内は、あっけにとられた顔で遊戯をみた。
 遊戯はむっと怒りを露わにして、城之内をねめつけている。
「部屋、戻ってきてくださいよ。ボク、もう寝ますから」
「あ、ああ」
 遊戯に手をひかれ、城之内はあわてて立ちあがった。「行きますよ!」と言い切るちいさな遊戯に引きずられるようにして、城之内は後に付いていった。うしろから、真崎の愉快そうな笑い声が聞こえてきた。



 部屋にもどると、布団が二組きちんと敷かれていた。遊戯がちょこんとその上に正座する。遊戯と向き合う形で、城之内もその隣の布団にあぐらをかいた。
「真崎さんと」
「ん?」
「真崎さんと、おつき合いしてるんですか?」
 遊戯のちいさな肩が震えていた。うつむいていて顔は見えない。いまにも泣きだしそうな声だった。城之内はたずねた。
「したら、イヤなの?」
「い、いやです!」
 大きな瞳が城之内を見つめている。涙でうるんで、いまにもとけ落ちそうだ。
(そんな目でみるな。誤解しちまう)
 遊戯は子供の潔癖さでオレを許せないだけだ。それなのに曲解してしまいそうになる。焼いてくれてるんじゃないかと。嫉妬してるんじゃないかと。オレのことを好きなんじゃないかと。
 そんなわけ、ねぇのに。
「遊戯」
 城之内は手をのばして、小さく呟いた。そっと薄い背中を抱きかかえて髪を撫でる。
「ああいうの、嫌いか?」
「真崎さんは好きだけど……、ああいうことしてるの……だめです……」
「なんで」
「だって……」遊戯は唇をきゅっと噛んだ。「だって」
 止める理由なんてない。遊戯にだって、それぐらいは分かっている。けれども、イヤだったのだ。恋人たちのように触れ合っている2人をみただけで、かっと胸が焼けた。遊戯はまだ、それが嫉妬だということを知らない。ただ、こう思った。
 だって、悔しかったんだ。
 今日でここに泊まるのは最後だ。最後の日はふたりでいっぱいおしゃべりをしたかった。一緒に居たかった。だけど城之内さんは、そんな風に思ってない。それが辛かった。ボクみたいな子供を相手にするより、きれいな大人の女のひとと一緒にいるほうがいい。そんなのあたりまえだ。
「恋人なんて、つくらないでください」
 わかってる。ボクは、城之内さんをひとりじめにしたいんだ。余計なお世話だって言われてもしかたないのに。
 遊戯は、すんと鼻を鳴らして、城之内の胸に顔をうずめた。ひろい背中に手をまわしてぎゅっと抱きしめる。
「うん、わかった」
 低い声が聞こえてきて、遊戯は顔をあげた。
「……城之内さん」
 城之内は、やさしい顔で遊戯をみつめていた。そっと遊戯の頬をなでる。だまったまま何度も輪郭をたどる。表情はおだやかなのに、何か言いたいことがあるように見えた。うすい茶色の目がぎらぎらと輝いている。怖いぐらいに真剣な色をしていた。眼光に射抜かれそうだ。やさしいのに、怖かった。
 そう思うのに、逆に遊戯の胸は高鳴った。頬が熱い。
「遊戯」
 まるでキスをするかのように、城之内の顔が近づいてきた。城之内がいつも吸っているタバコのにおいがする。胸が苦しかった。もっと触れたかった。何を言えばいいのかおもいつかない。
「オレのこと、好き?」
 城之内の声は震えていた。頬に添えた手も震えている。大人でも怖いことがあるんだと、遊戯はすこし驚きを感じながら、城之内の顔をみつめた。
 茶色の睫毛が揺れている。腕の中にいるのは、たしかに年上の大人のはずなのに、まるで小さな子供をだきしめているようだった。
「好きです」
 遊戯は素直に告げた。
「だったら、キスしてくれよ」
 ちいさくつぶやく声が聞こえてくる。あまったれて、すねた子供のような声だった。城之内は顔を赤くして、ごめんと顔をそむけた。
 なんだ。
 遊戯の胸のなかが、あたたかな湯のようなもので満ちた。
 なんだよ。城之内さん、大人なのに。
「ごめん、へんなこと言った」
 大人でも、ボクのこと好きなんだ。
 ボクがさっき、くやしくて哀しい気持ちになったみたいに、城之内さんもなるんだろうか。ボクのこと好きなんだろうか。
 だったら。
「本気じゃないんですか」
「遊戯?」
 きょとんとした顔の城之内を、遊戯はじっと見つめた。
「ボクだって子供じゃないんだから、キスがどういう意味かぐらい知ってます」
 背中にまわした手をぎゅっと抱きしめて、遊戯は城之内にキスをした。