●3
城之内はうれしそうに、何度も遊戯にキスをした。舌をからませて、唾液を吸ったり吸われたりしていると、恍惚としてしまう。甘いものを舐めてるみたいな気持ちだ。
城之内の「はっはっ」という息がちかく聞こえてくる。犬みたいだなと思った途端、べろりと顔を舐められた。頬だけではなく、鼻や、まぶたや、ひたいや、顔中残すところがないように舐められる。べたべたして、気持ちわるいはずなのに、そうは感じなかった。
うれしいかも、しんない。
遊戯は薄目をあけた。城之内の茶色の目はさっきまでのきつさが嘘のように、とろりととけている。調子いいよな、この男。遊戯は心の中で、苦笑して、城之内のくちびるをべろりとなめた。舌先だけを、ちろちろと触れ合わせる。それからもっと深く。
……キスしてんだなぁ、ボク。
挨拶のキスなら、これまでもしたことがあった。見かけが子供っぽいせいで、旅をしてたころなんて、かわいらしいとよく女性にキスされたものだ。でも、このキスはちがう。いまさら大人のキスとか、そういうことで盛り上がるわけじゃないけど、感慨深い。
じっと目をあけて、城之内の様子を観察していたら、しばらくして気が付かれた。
「んだよ」
「いや、どんな顔してやってるのかなって」
「フツー気にするかよ、そんなこと」
だって、海の見える白いホテルで、かわいい女の子と初体験をしたいと思ってたのに、こんな小汚いアパートの毛羽立つ畳の上で、汗くさい男とキスしてるなんて。それを、悪くないどころか、うれしいと思ってるなんて。
どこで人生まちがえたんだろ。
まあ、これも悪くないけど。
遊戯は、城之内の首をぐいっとひきよせると、ころりと入れ替わった。上にのし掛かろうとすると、ごろりとまた入れ替えられる。何度かごろごろと転がるってるうちに、壁に後頭部をごつんとぶつけた。涙目で、頭を抱えていると、大きな声で笑われた。
なんだこれ。ムードはどこにいった。
おまけに引っ越しの用意をしていたせいか、畳の上は妙にざりざりして埃っぽかった。いっぺん流しで顔と手を洗ってから、遊戯は、城之内にたずねた。
「あのさ」
「なによ」
「この続きする気ある?」
「あるぜ」
壁によりかかっていた城之内は、乱れた髪をかきあげながら、にやりと笑ってうなずいた。なに、かっこつけてんだ、こいつ。ちょっとは格好いいけどさ。
「じゃあ、布団ひこうよ」
「そだな」
城之内もうなずいた。
なかよくふたりで布団をひいたあと、その上でした。
*
「で、感想はどーよ」
「まあまあって、とこかなぁ」
オレがあんだけ前戯してやったのに!と城之内はむくれたが、部屋の電気は消せ!と遊戯が主張したり、クリームをダンボールから探したり、コンドームはつけるべきかどうか二人で討論したり、身体を拭きあいっこしたり、城之内が突っ込むところを舐めようとしたら、恥ずかしいからいやだと遊戯が抵抗したり、いちいち中断することが多かったのだ。
それでも今回は怪我をしなかったし、遊戯もそれなりに気持ちよかった。上場の首尾といってもいいんではないだろうか。
セックスって、あんまりロマンチックじゃないよなと思いながら、遊戯は隣に裸でねっころがっている城之内の身体を指先でなぞってみた。掛け布団はすでにどっかに行ってしまっている。遊戯は黒いタンクトップだけ身につけていた。
「くすぐってぇよ」
「風邪ひくよ」
「お前の土産のシャツ着ていい?」
「うん」
がさごそと音がして、遊戯の方にも一枚放られる。
「お前も汗でぐっしょりだろ、着替えとけよ」
その言葉に異論はない。Tシャツは城之内にあわせたサイズなので、遊戯には少々大きかった。ワンピースのように見える。すそからにょっきり伸びたすべらかな太ももが、なかなかそそるなと城之内は思った。こいつ、女だったら何の問題もないのに。
まあ、男でもいいか。
城之内は遊戯を後ろから抱きこんで、ふたたび布団に寝転がった。耳を甘噛みしてやると、耐えきれないように笑い声をあげる。しばらくくすぐり合ってから、遊戯がくるりと城之内の方を向いた。
「引っ越し、やめるだろ?」
城之内はそれは無理だと返答した。
「なんで?」
「このアパート、建て直すんだと」
「え?」
「大家のじーさんが死んで、息子が相続したんだけど、古いから潰して、もっとちゃんとしたマンションを建てるんだって」
それで立ち退きを命じられたのだという。
「工事始まるの今月末って、ひでぇよな。普通、予告入れるだろ。アパート壊されて、地べたに住むって言うわけにいかねぇしさ。それに、金のあるうちになんとかしないとよ」
「どうして?」
余裕のある生活ではないだろうけど、ちゃんと職についているのだ。そこまで逼迫してるとは思えない。城之内は、遊戯の顔色を読んだのか、その疑問に端的に答えた。
「会社つぶれたの」
遊戯は、え!と小さく声をあげた。
「社長が女と金もって逃げた。明日から職探し。今月の給料もらってねーんだぞ」
「それは、まぁ……」
ご愁傷様と、言うしかない。
「だから、お前の顔見たくなくってさ」
「な、なんでだよ!」
論旨が繋がってない。
「だって、お前、金持ちじゃん」
城之内は、むっと口を尖らせた。遊戯も負けずに口を尖らせた。なんだよ、年収一千万以上限定に申し込んでたんだぞ。金には困ってないよ。だけど、もっと金持ちなんていくらでも知ってるから、この程度で恨まれるなんて割りにあわない。会社とかホテルとか自家用ジェット機とか自分専用の島とかそれぐらい持ってないとさ、金持ちっていうなら。
「なんだ、その世界は」
うへぇと城之内は顔をしかめた。想像を絶する。そういうのはテレビの向こう側の世界ではないのだろうか。
「そんなことで腹たてるなんて、器の小さい男だよなー」
「悪かったな」城之内は遊戯の鼻の頭をピンとはじいた。「じゃあ、お前は器がでかいとでも言うのかよ」
遊戯はちょっとの間、考えこんだ。
「うち、バイト募集してんだけど」
「知ってるよ」
「じーちゃんが、最近腰ひどくてさ。しばらく静養したいっていうんだよね」
いつも元気なじーさんだが持病の腰痛に悩まされているらしく、城之内もよく愚痴られている。
「さすがにボクひとりで店やるの大変なんだ。でかけることも多いし。いいひとが居ればなーと思ってたんだけど」
城之内は、遊戯をみつめた。
「働いてくれるなら、部屋、用意してもいいよ」
なにそれ。
別に施しをうけたいわけじゃない。そこまでしてもらう理由ねぇ。そう言い返しそうになって、気が付いた。遊戯がぎゅっと城之内のシャツを握りしめている。冗談めかした口調だったが目の色がやけに真剣だ。
「お前さぁ」
「なんだよ」
「素直に言えよ」
「なにを」
「オレのこと好きだから、一緒に居て、放さないで、愛してるって」
遊戯の顔が一瞬でまっ赤に染まった。
べ、べ、別に、そんなことないよ!とどもる姿をみて、城之内は満足げな顔になった。
まあ、いいか。行くところに困ってるのは本当だし。金もないし。チビで男でガキっぽいけど、オレのこと好きだっていうなら、いいかもしんない。オレも好きだしさ。
でも、その前に。
城之内は、遊戯の手をとった。
「付き合おうぜ、オレたち」
END.
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