●2
Tシャツかぁ。3枚ぐらい買ってもいいよね。
大会があった町から、日本に直通の飛行機は出ていない。アリゾナからサンフランシスコまでやってきた遊戯は、ここで一泊することにした。念願通りイナナウトでハンバーガーを食べたあと手短に観光を楽しむ。今いるのは最近できたばかりのショッピングセンターだ。I2社が用意してくれたガイドは断った。アメリカには何度も来ているし、サンフランシスコも初めてではない。ガイドをつけなくてもとくに問題なかった。そもそも物騒なところには、行かないし。
こう見えても遊戯は意外と旅慣れている。
大学生の頃は、よくディパックひとつで世界中をほっつき歩いてたものだ。いろんな国のいろんな町に行って、観光をしたり、デュエルをしたり、カジノで金を稼いだりした。たくさんのひとと知り合って、様々な体験をした。
ついでに、恋も経験できればよかったんだけどなぁ。
だが、ただでさえ日本人――とういうか東洋系はもともと幼く見えるらしいのに、遊戯の体格では、恋愛相手としてみてもらえるはずもなかった。モテたのは、子供を相手にするのが好きだという特殊な趣味の人間ぐらいだった。熱心に口説かれたこともあるが、さすがにそれは丁重にお断りした。
ブルーミングデールズで買い物を済ませたあと、カフェに入った。携帯電話を取りだして、城之内にメールをする。
「お土産のTシャツ買ったよー。明日帰るね!」
似合いそうなものを選んでみたのだが、気に入ってくれるだろうか。
そのあとメールに文章を追加しようとして、手が止まる。
城之内の部屋に泊まって、してしまったこと。
フェラチオ……だよね、あれは。
その単語を思い浮かべるだけで、顔にぼっと火がついた。ああ、もう本当になんてことをしてしまったんだろう。こするぐらいならともかく、口でするなんて。なんど考えても、堂々巡りで埒があかない。
やっぱりボクは城之内くんのことが好きなんだろうか。
そりゃ好きだけど。好きなんだけど。
自分が男を好きになるなんて考えたこともなかった。
そもそも男が好きなら、友人の獏良のことを好きになっているような気がする。
単純に顔のつくりだけで比べれば、城之内よりも獏良のほうが上だ。
でも獏良くんは、友だちだ。そんなことをする気になんてなれない。よく、高校の頃からお互いの家に泊まったりしたし、エロゲーをプレイしたり、エロビデオを見たりという青春の一ページを仲よく過ごしたりしたが、そういうムードになったことは一度もない。
なのになんで、城之内くんとあんなことになったんだろう。
……やっぱり、好きなのかな。
合コンするより、城之内くんと一緒にいるほうが楽しいと思ったのは、男同士だと気楽だからじゃなくて、好き……だからなのかな。
ああ、もうわからない。
遊戯は頭を抱えた。
もともと恋愛経験自体が少ないのだ。しかも相手は男だ。なにが正しいのなんて、さっぱりわからない。
自分のことなのにわからないなんて、どうにも情けない。
でも、言わなきゃ。
あのあと、ろくに話もできなかった。
帰ったら、ちゃんと話をしよう。
交際を申し込めばいいのか、好きだと言えばいいのか、よくわからないけど。
でも、何か言わないと。
メールには、結局、お土産のことだけを書いた。
*
アメリカから帰ってきた次の日。
土産を用意して、わくわくと城之内が来るのを待っていたのに、配達に来た城之内はなぜか「忙しいから」とだけ言って、ハンコを勝手に押すと、荷物を置いてさっさと店を出て行ってしまった。
正直、むっとした。
せっかく、ちょっといいブランドモノのTシャツ選んできたのにさ。
夕飯を食べ終わるまで、怒りは持続していたが、寝るころにはさすがに治まった。仕事で忙しくて、余裕がないなんて、社会人になれば誰でもあることだ。二度と会えないわけじゃなし。明日、渡せばいい。
そう思って「お土産あるからね!」とメールも入れて置いたのに、翌日も同じだった。
店にやってきて、事務的に挨拶して帰る。
その翌日も同じだった。
無視されてる。
まちがいない。
――なんでなんだよ、城之内くん。
店を閉めたあと、遊戯はベッドに寝っ転がって、もんもんと考え込んだ。
やっぱりこの間のことを後悔しているのだろうか。自分で擦ってくれだの、舐めてくれだの言ったくせに。
でも、それは風邪で熱があったからで、冷静になったらイヤになったということなのかもしれない。男同士で気持ち悪いと思ったのかもしれない。気が変わることなんて、よくあることだ。
ちきしょう。この。
遊戯は、ばすばすと、クッションを殴った。
なんだよ。最初に突っ込んだのは、そっちじゃん。舐めさせたのも、そっちじゃん。
あんなことをした自分が馬鹿みたいだ。
いや。みたい、じゃなくて馬鹿なのだ。
好きって言われたわけでもないのに、あんなことをしてしまった。
喜んでくれればいいと思って、それだけで、してしまった。
アホだ。
どうしようもなく間抜けだ。
ええい、くそ。間抜けついでに、最後まで恥を掻いてやる。
あんなもの舐めた時点で、迷う必要なんてなかったんだ。
遊戯は、勢いよく立ちあがった。ジャンプして、ベッドから飛び降りる。それから部屋の隅においてあった紙袋をひっつかむと、猛然と部屋の外に出て行った。
*
急ブレーキの音がした。
こんな住宅地で、らしくない。一瞬、事故だろうかと思って、しばらく耳をすませていたが、バタンとドアが閉まる音がしただけだった。ほっといても問題なさそうだ。
城之内は、続けていた作業に戻った。いらない雑誌をしばりあげて、一息ついたところで、部屋のドアを勢いよくノックされる。
「誰だよ!」
城之内は、がなった。
「ボクだよ!」
その声に、城之内は目を丸くした。
返事をする前に、鍵をかけていなかったドアがバンと開く。よく見知ったヒトデ頭の人物が、ずかずかと部屋にあがりこんできた。ぐるりと部屋を見回す。
「なに、これ」
もとから、たいしてモノのない部屋だったが、より一層がらんとしていた。テレビと冷蔵庫もなくなっている。片隅にダンボールがいくつも積んであった。おまけに、城之内は頭にタオルを巻いている。引っ越しか、夜逃げでもしそうな勢いだ。
「なんだよ、これ。城之内くん?」
遊戯はもう一度城之内にたずねた。
「引っ越す」
城之内はぐいと、額の汗をぬぐいながら答えた。
「どこに?」
「知らねぇ」
「なんだよ、それ」
引っ越しをするのはかまわない。だけど、行き先がわからないってあるかよ。
それとも、ボクに言うのがイヤなのか。
逃げ出すほど、イヤだったのか。
遊戯は思いっきり深く息を吸い込んだ。
城之内は、それがどうかしたのか?みたいなそっけない顔をして、遊戯を見つめている。わかっている。帰ればいいのだ。それなのに、帰りたくない。なにか言ってやりたいのに、言葉が見つからない。
馬鹿みたいな出会いをして、馬鹿みたいな別れ方をするのだ。別れるも何も付き合っていたわけではないが。
目頭が熱くなった。遊戯はきゅっとくちびるを噛んだ。泣いてたまるか。いい歳の男なのに、人前でそうそう泣けるか。泣くものか。
「帰れよ」
「なんでだよ」
「お前みたいな金持ちには、オレの気持ちなんてわかんねぇんだよ!」
「何がわからないんだよ!」
遊戯は吠えた。
「お前にわかんねーよ!」城之内は遊戯をにらみつけた。「オレみたいなみっともない人生送ってるヤツの気持ちなんて、わかるわけねぇだろ!」
「なんだよ、それ!」
「お前なんて、子供が趣味の大人とでも付き合ってりゃいいだろ。大きくならないヒヨコの仲間だって言ってよ。喜んで付き合ってくれる変態オヤジなんていくらでもいるだろ!」
「なんで、そういうこと言うんだよ!」
それは、傷つけたいからだ。遊戯を傷つけたいのだ。ただの八つ当たりだ。情けない話だ。男としてどうしようもない。みっともないことをしている。自覚はある。あるからこそ、許せない。
「いくらでもいるだろ。別にオレを構ってる必要なんてねぇだろ。金あって、決闘王なんて呼ばれてて、いいご身分じゃねぇか」
「なんだよ、それ!」
「ムカツクつくんだよ。お前が幸せでいるのが腹立つんだよ!」
なんだよ、それ。
なんだよ、それ。
ボクのどこが幸せなんだよ。
人生=彼女いない暦だよ。
背は伸びないし、いつまでもガキ扱いだし。
おまけに、童貞なくそうとして処女無くしたよ!
「返せ」
「なにを?」
「ボクの処女、返せ」
城之内は意外にかたちのいい眉をひそめた。
「んなもん、どうやって返せつーんだよ」
頭に巻いていたタオルを取って、がりがりと髪をかきむしる。チッと舌打ちをされて、そっぽを向かれると、遊戯の堪忍袋の緒が切れた。
「じゃあ、童貞捨てさせろ!」
「へ?」
城之内の口があんぐりと開いた。遊戯は突進し、城之内の足を刈った。油断していた城之内は、すてんと畳の上に尻餅をついた。すかさず身体の上にのしかかり、城之内の胸もとをひっつかむ。ぐいっと引き寄せて、くちびるを押しつけてやった。
「!!!」
城之内は目を白黒させている。
いやかよ。そんなに、いやかよ。気持ちわるいかよ。悪かったな。ボクみたいなチビの男に犯されるのは嫌だろ。わかるよ。
でも知るか。
遊戯は、城之内の首筋に噛みつくような口づけをした。舌にしょっぱい味がひろがる。汗のにおいも、むんとする。遊戯はm薄いよれよれの無地の白いTシャツの上から、乳首をいじってやった。城之内はぽかんとした顔のまま、こちらをみている。指先でむにむにと刺激してやっているのに、なんの反応も示さない。とてつもなく腹が立った。
どうせ、下手ですよ。
Tシャツをめくりあげて、がぶりと乳首に噛みついてやった。さすがに城之内も呻いた。快感というよりは苦痛の意を表していたが、そこは無視した。反対側にもかみついてやると「痛てぇぞ、バカ」という声がふってきた。またもや無視して、下半身に手を這わせる。
ジーンズのボタンをはずして、ジッパーを下ろした。
遊戯は渾身の力をふりしぼって、うおおと声をあげながら、城之内のジーンズを引っこ抜こうとした。非力すぎる。抜けない。
「腰!」
「腰って」
「腰あげろよ!」
城之内は、どうしたものだろうかと一瞬悩んだが、とりあえず軽く腰を浮かせてみた。遊戯は、ふたたびかけ声をかけながら、ジーンズを引っこ抜いた。勢い余って、ころりと転がっていった。ダンボールにぶつかって止まる。遊戯は涙目を擦りながら、身体を起こした。何をやっているのか自分でもわからなくなってきた。
「あのさぁ」
「何だよ!」
ふりむくと、城之内が目の前に居た。さっきまでの冷淡さはどこかに消え失せて、呆れたような、困ったような顔をしている。
「お前って、ほんとにオレに突っ込みたいの?」
「したいよ!」
「童貞捨てたいから?」
「そうだよ!」
「ちがうだろ?」
城之内は、遊戯のほほを両手で包み込んだ。顔を軽くあげさせる。じっとのぞき込みながら、「オレのこと好きだからだろ?」とたずねた。
なんだ、それ。
「お前みてたら、悩んでるのバカみたいに思えてきた」
どういう意味だ、それ。
「別にお前がなんでも、いいよな。デュエルキングだろうが、プリンスだろうが、どうでもいいよな」
プリンスって何。
「オレのこと好きなんだから、そんで、いいよな」
にっと笑ってみせたあと、そのままくちびるを押しつけてきた。舌まで入り込んでくる。どういう反応をとればいいのか解らないでいるうちに、遊戯はそのまま押し倒されて、服をひっぺがされて、あれよあれよと言う間に、足をかつぎあげられた。
「気持ちよくするから」
ちょっと待ってよ、城之内くん。
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