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 ビニールハウスの中は、あまいイチゴの香りで充満している。
 春先とはいえ、中はかなり蒸し暑い。イチゴは、かがまなくてすむように、プランターで高くあげて栽培されている。高設栽培というそうで、今はこの形で栽培してるところの方が多いらしい。
 興味深げに遊戯がその仕組みをみていると、上の方からまっ赤にうれたイチゴがぽろぽろと降ってきた。あわてて手で受け止める。
「手、とどかないんだろ? とってやるから」
 そこそこ男前の金髪頭に、誇らしげに言われる。
 いや、摘めるけど。下のほうにある段は。
「お兄さんに連れてきてもらったの? よかったわねぇ」
 おなじようにイチゴ狩りにきた主婦らしき集団に笑いさざめかれる。うちの子供もこれぐらいのころは可愛かったわって、いったい何歳に見られているのだろう。遊戯が、ため息をつくと、どーしたよと明るい声で遊戯の頭をがしがしとかき回してくる。ほそいすとんとした腰を大きな手でがっちりとホールドされたあと、高く掲げられた。
「これなら、手が届くだろ」
 同い年なんですけど、この男と。



 あれから遊戯と城之内は、なんとなく仲よくなった。
 店に配達にくるから、ほとんど毎日のように顔を合わせる。お茶や菓子なんかを出してやっていたら、そのうち休憩していくようになった。夜の12時過ぎると、銭湯閉まるんだよなー、風呂はいりてーなんてぼやいてるから、家の風呂を貸してやった。風呂代が浮いて助かると大喜びしていた。そのうち夕飯をちょくちょく食べにくるようになった。日本酒だのどっかの名産のかまぼこだの、手土産なんてもってきたりするから、遊戯の祖父にも気に入られた。意外と気がきく。
 遊戯も、この年になるとそうそう友人と会う機会もない。獏良とだって、メールはそこそこやりとりしているものの、月に一度会えばいいほうである。海馬とは昨年から会っていない。
 会社勤めをしていれば、職場の人間と飲みに行ったりもできるのだろうが、個人店だとせいぜい町内会の付き合いが関の山だ。産まれたころ、それこそハイハイをしていた赤ん坊のころから知られている年長の人間相手との付き合いというのも嫌いではないのだが、同い年の城之内相手に話をするのは気楽といえば、気楽だった。
「平日に、休みとれる相手って少なくてさー。でも、休みの日にごろごろ寝てるだけだと、さびしいじゃん」
 そう言われて、あそびに連れ出されるようにもなった。パチスロいくより健全だしよーとは、城之内の弁である。
「彼女つくれば?」
「めんどいし」
 惚れた女ができたら付き合うよ。
 モテたことのある男の台詞だよなーと、遊戯は内心愚痴ったが、それでも城之内と遊びに行くのはたのしかったのも事実だった。



 城之内に、あまり計画性はない。遊戯の家にぷらっとやってきて、チラシや新聞でも見ながら、近場にでかけたり、映画を見に行ったりする。今日も、そうやってイチゴ狩りに行こう!と言うなり、遊戯に車をださせて、出発したのだ。
 イチゴ狩りにきたのは初めてで、遊戯には色々とものめずらしかった。キョロキョロとあたりを見回しながら、よく熟れたイチゴを口に運ぶ。あまくてうまい。コンデンスミルクをつけながら、もうひとつ頬張る。これも悪くない。1月から2月ぐらいのほうが甘くて美味しいらしいが、4月に入った今の時期でも十分にうまかった。
 そういやウチは家族旅行とかしたことなかったよなー。休みになるとママは、単身赴任してるパパのところ通ってたし、店番手伝わされてたせいもあるけど。
 喜んでもぐもぐと食べていると、城之内がにやにや笑いながら、こちらを見ている。
「なんだよ、城之内くん」
「ここ」自分の頬のあたりをつつく。「ついてんぞ。遊戯」
 あわてて口元をぬぐってみたが、城之内はまだ笑っている。うまくぬぐえていないようだ。むっと口を尖らせると、タコみてぇと言いながら城之内が腰をかがめて、遊戯のあごをすくった。ぐいっと口元を擦られる。指先から、マイルドセブンの匂いがして、なぜか遊戯はどきりとした。赤くなった顔をごまかすように礼を述べる。
「サンキュ」
「どういたしまして」
 一緒にいたおばさんたちに、面倒見いいのねぇなんてほほ笑ましそうに言われている。そんなにボクは年下に見られるのだろうか。やっぱ、高校生ぐらいにみられてんのかな。
「城之内くんって誕生日いつだっけ?」
「オレ? 1月25日。遊戯は?」
「6月4日。ボクの方がちょっとお兄さんだね」
 どうしてそこで吹き出すんだよ、城之内くん。



 30分間食べ放題だったのが、遊戯は10分もすると満腹になってしまった。残りは、家への土産にすることにした。
 反対に、城之内は制限時間までたっぷりとイチゴをたべつくした。彼は、いつでも犬のように旺盛な食欲をみせる。食えるときに食っとかないと、いつまた食えるかわかんねぇだろ?というのだ。あっけらかんとそんなことを言う城之内を見ると、遊戯は妙な気持ちになる。無性に城之内に優しくしたくなるのだ。
 土産のイチゴをかかえて、車に戻った。城之内はさっさと助手席に座り込み、シートを後ろに倒して、ごろりと横になった。うおー満腹だーと言って腹をさすっている。車を発進させて、適当に道を流す。運転しながら、遊戯はたずねた。
「帰り、どこか寄らない? まだ時間あるしさ」
「金のかかんなくて、おもしろいとこがいいなー」
 寝そべったままで、城之内が返答した。
「そんな都合のいいとこあんのかよ」
「公園とかどうよ?」
「んー、もうちょい面白そうなとこがいい」
 ちょうど信号で止まった。遊戯はカーナビで適当に観光地を探してみた。
「鎌倉あたりは?」
「観光客多いじゃん」
「江ノ島あたりで海をみる」
「まだ泳げないし」
「んじゃ、箱根」
「さすがに、遠くね?」
「横浜」
「店はいると金かかる」
 もう。
 しょうがないので、結局そのまま車を走らせた。昼の三時過ぎの道は空いていて、気分よく運転することができた。気が付くと、城之内はすうすうと寝息をたてて眠っていた。
 そういえば、このところ社員がひとり辞めて、そのカバーがきついってぼやいていたっけ。疲れてんなら、これもいいか。
 遊戯はカーナビのスイッチを切ると、ボリュームをしぼって、ラジオをかけた。流れてきたのはビートルズのカバーだった。ボサノバのゆるやかなリズムでA HARD DAY'S NIGHT。
 悪くない。
 いいよな。この歌みたいに、家に帰ると好きなひとがいるっていうのは。遊戯は軽く口ずさみながらそう思った。そういや、花咲くんなんて、もうマンション買って奥さんと一緒に住んでるらしい。新婚気分を満喫してるんだろう。率直に言ってうらやましい。
 モテたいんじゃない。恥ずかしながらデュエルキングの名前さえだせば、それなりに相手は寄ってくる。でも、そういうひとを好きにはなれない。決闘王の名前だけに惹かれているようで、好意をもてないのだ。
 それに、その名前を最初に手に入れたのは、自分ではない。王の名前は自分にはふさわしいとは思えない。それは、今はもういない彼に捧げられたものだ。彼だけのものだ。チャンピオンでいいじゃないか。普通に。
 女のひととセックスしたいだけでもない。それなら城之内に言われたようにソープにでも行けばいいだけだ。金さえたんまり積めば、震いつきたくなるような美人が相手をしてくれる。
 でも、そうじゃないのだ。
 好きなひとが欲しいのだ。
 顔さえみれば、どんな疲れもふっとぶみたいな。
 会うだけでうれしくなるような。
 ガキっぽすぎるのかな、こういう考え方。
 信号につかまって、車を止める。
 キミだったらどう思うかな、城之内くん。
 となりですっかり寝こけてる男をみて、遊戯は微笑んだ。


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童実野町は羽田〜川崎〜鶴見あたりのどこかな気持ちで書いてます。