バレンタイン本編から数年後の設定です。
城之内くんと遊戯は恋人同士です。



◆1


 ラブホテルなんて嫌いだ。男同士で入るところじゃない。
 少なくとも遊戯はそう思っている。

 しかし、城之内はラブホテルが好きだった。
 気持ちはわかる。遊戯だって、城之内といちゃつきたくないわけじゃないのだ。恋人同士なんだし。
 高校を卒業してからは、毎日顔を合わせるなんてこともできなくなった。携帯やメールでやりとりしてるけれど、大学生と社会人じゃ、すれ違いも多い。ふたりっきりで居られる時間が貴重だということはわかる。お互いの家だと、家族がいるから気が引けるというのもわかる。
 そこまではいい。
 しばらくの間、その手の雑誌を購読していたことがあるから、男同士で大丈夫なホテルがあるのは知っている。そういうところならいい。ビジネスホテルでもいい。ツインで泊まればいいのだ。高いシティホテルを奢れなんて、贅沢はいわない。遊戯だってちゃんと金は出す。城之内に金がないのはよく知っている。
 しかし、城之内は、女の子がよろこびそうな人気のあるラブホが好きだった。
 城之内は、実入りのいい夜のバイトもちょくちょくしている。そのせいなのかどうかはわからないが、今一番人気のラブホなんてものに詳しかった。ラグジュアリーで、リラクゼーションでどうする。岩盤浴なんか興味ないってば。露天風呂に入りたければ、銭湯にでもスパにでも温泉にでも行く。毎回、ここいいらしいぜ!といろんなホテルに連れていかれるこっちの身になってくれ。成人した男二人で、メルヘンでスイートでどうする。

「ここいま、スゲー人気なんだって」

 どうして、そこまでうれしそうなのか。
 週末のホテルは混んでいた。ロビーには、待ち合わせのカップルがあふれている。
 城之内は、まわりに見せびらかすように、後ろからぎゅっと遊戯の首に巻き付いた。端から見たらバカップルそのものだ。遊戯は周りの視線が気になってしょうがなかった。
 ああ、くそ。恥ずかしい。
 なんだそのハイテンションは。今日はどうにかしてるんじゃないか。
「大人しくしててよ」
 遊戯は小声でぼやいた。
 城之内はご機嫌で返事をする。
「だいじょーぶだよ。こんなとこに来るやつらが、他人なんて気にするわけねーだろ?」
「そういう問題じゃないってば」
 ボクら、男同士なんだからさ。
 むくれてみても、そのほっぺかわいーなんて、突かれてしまう。それどころか、チュッチュッと音とたてて、ほっぺに軽く唇をおしつけられた。

 たのむから、何とかしてくれ。



 童話をモチーフにしたメルヘンな部屋がここのホテルの売りらしい。スノーホワイトとか、シンデレラとか、スリーピングビューティとか、そんな名前がパネルに並ぶ。
 城之内が選んだのは「ワンダーランド」と名前のついた部屋だった。
 何も一番高い部屋をえらばなくても。
 赤と白の市松模様で統一された部屋だった。派手な色合いのわりに、下品にならないように、間接照明を多用してシックな雰囲気をかもしだしている。床も模造大理石で、手前に猫足の白いソファ、奥には天蓋付きのゴージャスなベッドが置いてあった。
 城之内は奥のバスルームを示して言った。

「風呂、先はいってこいよ」
「うん」

 遊戯はいぶかしんだ。めずらしいな、いつもなら「一緒に入ろうぜ〜」って言うはずなのに。しかし風呂に一緒に入るのは今でも抵抗があるので、ありがたく先に戴くことにした。身体洗ってるとこ見られるの、はずかしいんだよなー。普通に入るのなら問題ないんだけど、にやにやと鼻の下をのばされながら身体を見られるのはどうにも困る。

 風呂場から水音が聞こえてくると、城之内は、目をきらりとかがやかせた。
 今、ここに、かねてから練りにねっていた計画を実行に移す時がきた!
 城之内は、まず、自分のでかいバッグをあけて、一抱えほどある袋をとりだした。軽いが、わりと嵩張るものだった。
 次に風呂場に潜入し、遊戯の服を下着からなにから全部まとめてひっつかんだ。ホテル備え付けのローブも一緒にもってくる。それをまとめて袋にいれ、カバンにつっこんで隠した。ここまで1分と掛かっていない。
 城之内は満足げに鼻をうごめかした。この手際は、褒め称えていい。
 それからフロントに電話をかけて、予約済みのモノをもってこさせた。ついでに注文もすませる。さあ、これで準備は万端だ。どっからでも、かかってこいやー! 
 城之内はソファに座り、遊戯が風呂から出るのを待った。



「ねぇ、ボクの服がないんだけど?」
 厚手の白いバスタオルを巻いて出てきた遊戯の姿を見ただけで、城之内は悩殺されそうだった。胸まで巻くな。女の子じゃねぇんだから。いや、バスタオルが大きくて、腰から巻いたら引きずりそうになるのはわかるんだが。
 湯上がりで全身がうっすらと紅潮して、まるでたべごろの白桃のようである。
 このまま、むしゃぶりつきたくなる気持ちを城之内は必死に押さえた。ここでやってしまったら、せっかくたてた計画がおじゃんだ。
「おかしいなぁ。バスローブもないんだけど」
 城之内は無言で、用意してきたビニールバッグと、店員にもってこさせたものを遊戯に差し出した。
「何、これ?」
 片方は、青い布だった。遊戯はひろげてみた。服だ。白いひらひらしたものがついてる。おまけに、大きな青いリボンのついたカチューシャまであった。
 遊戯はあぜんとして、城之内に視線を移した。
「アリスです」
 城之内はそう言い切った。
 遊戯は表情をこわばらせたまま、ビニールバッグの中を漁った。膝上までありそうな白い靴下。エナメルの黒い靴。よくわからないふわふわの白いスカートみたいなもの。
「それ、パニエつーんだって。スカートの下にはくんだわ。そーすっと、スカートが奇麗にふくらむわけね。あとドロワーズっていうの? 店で教えてもらったんだけど、ひらひらしたブルマみたいなやつな。アレも買おうと思ったんだけど、高くて。それにどうせ脱ぐしさぁ。あと、拘束用のチェーンとか、高くて買えなかったんだよな。DIYに行って、自分で作ろうかなと思ってたんだけど、時間なくてさ」
 あははははと、頭を掻きながら笑う城之内を、遊戯は冷たい目で見つめた。
「これを、どうしろと?」
「着てください、お願いです」
 城之内は土下座した。
 遊戯の身体がわなわなと震えた。
「ざっけんなー!」
 ぺち!ぺち!と城之内の後頭部を叩く。それどころか、背中からのしかかり腕を首にまわしてスリーパーホールドを極めようとした。
「待て! 待て! それ危険! 危険! 頸動脈だめ! ホントに落ちる!」
「うるさい、このへんたいー!」
「見える! バスタオルとれるって!」
「男がハダカみられて恥ずかしいかー!」
「いや、うれしいけど」
 城之内は、どうどうと遊戯をなだめた。ふーっふーっと荒く息をはいてるところは、怒り狂った猫のようで、正直かわいい。怖いけどかわいい。なんでもかわいい。惚れた弱みだよなと城之内は思った。
「なんで、ボクが女装しなきゃなんないんだよ!」遊戯はどかっとソファに座り、隣の城之内の顔をねめつけた。「ボクはね、ホモですよ。城之内くんとつきあってるんだから、弁明できませんよ。やることやってんだし、こんなとこに来てるんだし」
「うん」
「だからって女装は関係ないだろ! 女役だから女装しろっていうのかよ!」
「いや、ちがうって」
「女装したいなら自分でしろよ!」
「だって、夢だったんだもん!」
 城之内は、乙女のように胸の前で手を組み、目をうるうるとさせて遊戯を見つめた。
「夢って、何が!」
「このホテルの話を聞いてから、ずっとやってみたかったんだもん!」
 だもんて、何だ。
「コスプレ、レンタルできるって」
 それがどうした。
「だって、昔、夢にみたんだもん!」
「夢って」
「遊戯が、青いドレス着てでてくる夢」
 高校の頃、遊戯と付き合う前に見たのだと城之内は語った。その時以来、同じような夢はみていないが、その内容と格好のことはよく覚えていた。やけにメルヘンチックな場所で、青いドレスを着た遊戯と寝た夢だった。
 すごくかわいかった。
 長いことおかずに使っていたぐらいだ。
 そしてつい先日、バイト先の女の子に「ホテルで彼と撮った写真なのー」とアリスのエプロンドレスを着たコスプレ写真をみせられたのだ。それを見た途端、城之内の脳裏に閃光が走った。これこそは天のお導き。やらないでいられようか。いや、男であればやらずには居られまい。
 遊戯は頭を押さえた。
「そんで、ボクにこれを着て欲しいと」
「うん」
 城之内は子供のように、こくんとうなずいた。
 まさか、ボクがみてた夢と関係あるんじゃないだろうな。遊戯は呻(うな)った。
 遊戯も高校の頃、妙な夢をみたことがある。なぜか自分が不思議の国のアリスになっている夢だった。遊戯としては、自分がアリスだったということよりも何よりも、城之内への恋心に気が付いたことのほうが大ごとだった。そういえば、あの夢の話、獏良くんと御伽くんには言ったけど、城之内くんには言わなかったっけ。
 女装か。雑誌のモデルにしちゃうよりは、罪がないのかもしれないけどさ。
「だめ?」
 なんだよ、その甘えた声は。
 知ってるだろ。ボクが、そのキミのおねだりに弱いの知ってるだろ。頼まれるとイヤと言えないのを知ってるだろ。
「ずっとやりたくてたまんなかったんだ」
 そんな目でみるなよ。
 こんなものに金かけてさ。給料日前になるとご飯に塩かけて食べてるくせに。お金もったいないと思わないわけ?
「どうしても、だめか?」
 とんでもなく、やさしい。声が甘い。
 ボクがキミに惚れてるって、知ってるだろう。

 ああ、まったく。

「しょうがないな」

 本当に、ずるい。