◆2


軽い性的描写があります。
ご注意ください。

表城ぽくみえるかもしれませんが、城表です。
百合っぽいかもしれませんが、女装です。


 女王様は遊戯を城に連れて帰りました。
 海水でべたべたする身体を湯浴みして奇麗にし、食事を取ると、もうとっぷりと日が暮れていました。外は、ぱらぱらと雨が降ってきていました。風も強く、びょうびょうと吹き荒んでいます。お城のまわりをぐるりと取り囲んでいる木が、踊るように激しくゆれて、ざわざわと大きな音を立てていました。
 遊戯はお城に泊まることになりました。
 こんなにちいさな子を、この天気の中、帰らせるわけにはいかないだろうと、女王様は思ったのです。
 遊戯くんは、自分はそれほど子供じゃないんだけどな……と思いましたが、それは黙っていました。嵐の中を帰るのはイヤでしたし、それに女王様ともっとお話をしていたかったのです。



 カードゲームをして(遊戯はカードの名手でした)、しばらく遊んだあと、寝ることにしました。遊戯には客間があてがわれ、女王様は自分の部屋に戻りました。
 遊戯は、客室のベッドの上でごろごろと転がっていました。
 ふわふわの白いベビードールは着心地がとても素敵なものでしたし、ベッドのクッションも申し分ありませんでした。それでも眠れないのは、女王様のことが頭から離れないからなのです。
 どうしたら喜ばせてあげられるんだろう。
 カードしてても、ちっとも楽しそうじゃなかったなぁ。
 遊戯は、女王様の笑顔がみたくてたまりませんでした。
 わらったら素敵だと思うんだ。きっと。
 でも女王様にはハートがありません。この先、ずっと笑うこともないのでしょうか。
 何度目かわからないため息をついていると、ドン!と激しい雷の音が聞こえました。

(すごい雷だなぁ……)

 お城のなかにいるのですし、もとから雷は怖くないのですが、その迫力には遊戯も驚かされました。目の前で大砲が撃たれたような迫力です。遊戯は、なんとなく心許なくなって、羽布団を頭からかぶり、窓辺に近づきました。
 稲光が黒い夜空に走りました。バルコニーにつづくフランス窓がびりびりと震え、大粒の雨が、ガラスを激しく叩いています。
 奇麗なものは、怖いものだなぁ。
 遊戯は、ふかふかの絨毯にちょんまりと座って、息をひそめながら荒天の夜空を眺めました。
 外の大嵐の音にまぎれて、予想もしていなかった音が聞こえました。
 ノックの音です。
 遊戯はふりかえり、ドアを見つめました。
 金色にかがやく真鍮のノブがまわり、赤い絹のガウンを羽織った女王様があらわれました。遊戯はびっくりして声もでませんでした。

「お前が、怖がってるかと思ってよ」

 そう言って女王様は、遊戯のとなりに腰を下ろしました。




 女王様は、怖いという気持ちがどんなものだったのか、もうわかりません。それでも小さな子供のころ、雷鳴におびえて、部屋の片隅で震えていたことは覚えていました。
 そんなときに一人でいるのは、とても嫌なことだったはずなのです。
「やっぱ、怖いのか?」
 女王様は羽ふとんをかぶった、遊戯の顔をのぞき込んでそう言いました。
「べ、別にこわくなんてないよ!」
 遊戯は顔を赤らめました。となりにいる女王様の体温が気になったのです。夜、くらい部屋の中で、ふたりっきりです。いろいろなことを妄想してしまうのは仕方がないことでしょう。ボクだって男の子なんだぜー。
 女王様はそれと気が付かずに、遊戯の肩を叩きました。
「無理すんなよ。オレもハートを無くす前は、雷も、暗いのも嫌いだったんだぜ。オバケがでてきそうだしさ」
 不思議の国ではオバケも実在しています。暗いところにいて、人を脅かすのが生き甲斐なのです。
「ボクもあんまりオバケは好きじゃないです」
「そっか。じゃあ、お前もこんど心臓ぬいてやろうか?」女王様はそう言いました。「罪人じゃないから痛くないようにちゃんと手術してもらえるぞ」
 遊戯は首をぶんぶんと横にふりました。
 女王様はいぶかしげな顔をしました。
「なんでだよ? 便利だぞ、怖いもんもないし、いやなことも感じなくなるし」
「で、でも、楽しいこともなくなるから」
 遊戯はそう答えました。
「楽しいことなんて、すぐに終わっちまうぜ」
 それは、その通りでしょう。哀しいことや、つらいことの方が人生多いものです。たのしいことや、うれしいことなんて、一瞬で終わってしまうことです。それでも、遊戯は心臓を抜かれるのはいやでした。
「だけど、好きなひとがいるんだもん………」
 恥ずかしそうにうつむいて、もじもじと指先を擦り合わせながら、遊戯は言いました。
「好きなのって、誰だよ? お前と結婚するように命令してやろうか?」
 悪くない案だと女王様は思いました。式をあげたあとにハートをひっこ抜いてしまえば、お互い心変わりもしないし、浮気もされないでしょう。
「ほ、ほんとに?」
「オレは、嘘はつかねぇよ」
「じゃ、じゃあ……」遊戯は大きく息をすいこみました。それから意を決して、女王様に想いを告げました。「結婚してください!」
「え?」
「す、好きなんです! ボクは女王様を愛しています!」
 なんということでしょう。女王様は、絨毯の上に押したおされて、口づけをうけていました。ちいさな桃色の舌が、女王様のうすい唇をはいまわり、するりと入り込んできます。
 女王様は、困ったなぁと思いながら、しばらくそのままにさせてやりました。
「気持ちよくないの?」遊戯は泣きそうな顔で、そうたずねました。「ボク、下手なのかなぁ?」
「いや、その……」女王様は言葉につまりました。「オレ、心臓ぬいてから、そういうのわかんなくってさ」
 ごめんな、と女王様はあやまりました。ちいさな遊戯が泣いているのを見ると、なんだかとても良くないことをしているような気持ちになったのです。
 遊戯は涙にぬれた大きな目をぐいっと擦りました。
「心臓を抜いたら、もう誰も好きにならないの?」
「たぶんな」
 ほら、といって、女王様は胸をはだけてみせました。赤い絹のガウンの下には、引き締まった胸板があり、心臓があった場所の上には小さなハート型の鍵穴が空いていました。
「ここの鍵は?」
「わかんねぇ」と女王様は言いました。「あんまり気にしたことなかったな」
 遊戯はちいさな柔らかい手を、女王様のひらたい胸について、その鍵穴をしげしげと見つめました。鍵穴は赤く、骨のようにつやつやした固いモノで出来ているようでした。
 女王様の身体はすべらかな海岸のまるい石のように、ひんやりとしていました。心臓がないせいでしょう。遊戯はとても淋しく感じました。すこしでも温まるように、そっと胸をなでさすりました。
「そういうのも、かんじねぇから」
 女王様の言葉通り、遊戯の手のぬくもりも、すぐに消えてしまいます。
 遊戯は、哀しくなりました。どうにかできないのでしょうか。
 今度は、鍵穴に口づけてみました。想いをこめて、ふうっと熱い息を吹き込んでみます。
「んんっ!」
 するとどうしたことでしょう。女王様はびくりと身体をふるわせました。遊戯はなんども息をふきこみ、そっと舌先を入れてみました。
 女王様の身体はだんだん温かくなっていきました。遊戯は夢中で、心臓の鍵穴にキスをしました。熱い想いのこもった息を吹き込まれると、女王様の身体は温かいもので満ちました。氷がとけるように、女王様の身体はやわらかくとけていきました。遊戯は鍵穴だけではなく、女王様の身体のいろんなところにキスをしました。息をふきこまれた女王様の身体は、遊戯の唇や、指先や、皮膚のあたたかさを感じて、さまざまな反応を示しました。
 遊戯はそっとベビードールのすそを持ちあげて、自分の中心にあるものを、女王様の中心にあるものと擦り合わせました。ふたりは、お互いの熱い蜜でしとどに濡れました。
「気持ち、よすぎる」
 女王様は、はじめての快感にうちふるえていました。
「ボクも、すごく気持ちいいです」
 遊戯は、女王様に口づけしました。今度は、女王様も遊戯の舌にたっぷりと答えました。遊戯は陶然としながら、女王様の舌技におぼれました。唇も、舌も、ふれあっている肌も、脳みそも、すべてが熱くとろけそうでした。
 ゆっくりと唇が離れると、女王様は遊戯を熱のこもった目でみながら、言いました。
「な、ベッドに行って続きしねぇか?」
 遊戯は花のように微笑みました。
「うん!」
 それから、ふたりは熱く長い夜を過ごしました。ごうごうと唸る嵐の夜も、ふたりには関係のないことでした。



 それから二人は結婚し、仲よく暮らしました。
 心臓を無くしたひとたちには、好みに応じてあたらしい心臓があたえられました。しゃれものだった人はルビーの心臓を埋め込みましたし、ブリキのハートを突っ込んだ人もいました。
 女王様は、なにも入れませんでした。遊戯の熱い気持ちがあれば十分だったのです。
 それからは、女王様は、心臓をぬきとれ!と叫ぶことは無くなったそうです。


おしまい。