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童実野町にもハッテン場というところがあるらしい。
有料のスペースで、素人の男性同士で出会って、意気投合したら、セックスをするというところだ。スペースの利用料金だけなので値段は安い。これなら自分の小遣いでも行けそうだ。悪くないかも知れない。相手のひとを選べるわけだし。
風俗といったら女の人が出てくるものだとばかり思っていたけれど、こういうのもあったのか。
遊戯は自分の部屋の布団の中で、雑誌を読みながら真剣に考えた。
以前、獏良たちにみせてもらった雑誌と同じたぐいのものだった。遠くの街の本屋まで出かけてきて購入してきたのだ。
雑誌にはビギナー向けと銘打たれた特集があり、他にも出会い系の掲示板やら、テレクラなんかが紹介されていたが、携帯電話もパソコンも持っていない遊戯には向いていなかった。公園のトイレとか川原でやる無料ハッテン場のことも書いてあったけど、さすがにそっちは怖い。
行ってみるべきなんだろうか。
少なくとも、自分は男性が好きなタイプなのかどうかぐらいの判断はつきそうだ。
っていうか、もうボクよくわかんないよ。単にセックスがしたいのか。男の人が好きなのか。城之内くんが好きなのか。
遊戯はため息をついた。
でも、わかってることがある。
城之内くんのことは、好きになっても無駄だってことだ。
気持ちわるい――だもんな。
それは、しようのないことだ。遊戯にもわかっている。城之内はそういう嗜好がなくて、自分にはあるかもしれない。それだけのことだ。ボクはカレーについてるらっきょうが嫌いだけど、城之内くんは平気でポリポリ食べる。それと同じだ。
でも食べてみないと、好きかどうかは、わからない。
とりあえず行ってみよう。遊戯は腹を決めた。セックスしなくてもいいみたいだし。経験豊富なひとと、話をできるかもしんないし。もしかしたらそこで出会った誰かを好きになるかもしれないし。
他のひとを好きになりたいな。
そう遊戯は思った。そうすれば、城之内くんと友だち同士に戻れるだろうから。
*
どんな子、なんだろ。
カウンターに座ってる大人っぽい細身の女みたいなんだろうか。
向こうのテーブルのかわいい系のまるっこい女の子みたいなんだろうか。
それともやっぱり杏子みたいなのかな。
気が付くと、そればっかり考えている。
カトラリーを磨きながら城之内はため息をついた。途端に軽くひじを入れられる。ダークスーツ。オーナーだった。人差し指をたててチッチッと横にうごかす。
「客商売なんだから、不景気そうな顔はだめだよ」
「了解ッス」
最近、城之内が始めたアルバイトは、童実野町の駅前の繁華街にあるバーのウェイターだった。あんまり気取って無くて、値段もそこそこで、わかい年齢層も来やすい店である。酒飲みに言わせると、酒の種類が揃ってないと言われる程度の店だった。
城之内は、黒と赤のツートーンで揃えてる内装が気に入って、ここで働くのを決めたのだ。自分の好きなモンスターカードとおなじ配色だったからだ。
そういやデュエルも最近してぇねぇな。
当然だった。デュエル相手の遊戯と、ろくに話をしていないのだ。
顔を合わせると、居づらそうにそっぽを向く。
城之内自身も、遊戯の顔が見られなかった。
あの夢のせいだ。
あんな妙な夢のことなんか気にする必要ないのに。
実際、翌日、目を覚ましたときはすっかり忘れていたのだ。
ところが学校に行って、遊戯の顔を見た途端、一瞬で脳裏に浮かび上がった。
青いエプロンドレスを着ていた姿や、スカートの裾をめくりあげて肌にふれたことや、繋がって快楽を得たことを思い出してしまった。
男だったら誰でも身近の人間を使ったことはあると思う。思うけど。
だけど、親友の男相手にするか、普通。
――しねぇよな。
別に遊戯に欲情してるわけじゃない。授業中、後ろの席から遊戯をみても、性的な欲望は沸いてこなかった。やわらかそうな頬や、細い首や、白い耳たぶをみても別にセックスしたいとは思わなかった。
その代わり、抱きしめたいと思った。
前みたいに、ぎゅっと抱きしめたかった。
触れたかった。
(やっぱ、さみしいのかな)
たぶん、そうなのだろう。
遊戯の好きな子か。あいつが好きになるんだから、きっとかわいくて、いい子なんだろう。今度は杏子みたいにキツい女じゃなくて、似合いの大人しい感じの女の子だといい。
そう考えることはできる。そうなってくれればいいなと思う。
それなのに、ぽっかり胸に穴があいているみたいだった。穴に風が吹きこんでヒューヒューと物悲しい音をたてていた。
クラスの子かな。
オレの知らないとこで会った子かな。
オレより大切なのかな。
ちきしょう。
どうしていいのか、わかんねぇ。
*
金曜の夜の繁華街は、酔客で混んでいた。
遊戯は、細身の黒のレザーパンツに鋲を打ったブーツを履き、ぴったりした黒のタンクトップの上に、フェイクファーの短い丈の上着を身につけていた。腕や足につけたシルバーのアクセサリーがじゃらじゃらと鳴る。首にはいつものチョーカーが巻いてある。
自分なりに考えてきた服装だった。
これで、少しは大人っぽく見えるといいんだけど。
緊張しながら、雑誌の切れ端をもって目的地を探す。住所と簡略化された地図だけが手がかりだった。電飾で派手にかがやく看板は多いけれど、目当ての店はなかなか見つからない。
まいったなぁ。
遊戯はため息をついた。
ゲームでなら迷ったりしないのに。
だからといって、交番に入るわけにも、人に聞くわけにもいかない。
何度かぐるぐる回ってみる。はき慣れないブーツに、足が疲れてきた。背が高く見えるように、ヒールのあるやつなんかにしたのが良くなかった。
――やっぱり、諦めたほうがいいんだろうか。
人のこなさそうな路地裏にある自販機を見つけて、コーラを買った。社員用なのか、値段が少しだけ安かった。ビルの非常階段に座って、ぼんやりと通りを眺める。
会社の飲み会らしい集団。コンパだろうか、にぎやかな大学生の集団が通りすぎる。そのあとを、若いカップルが腕を組んで仲良さそうに歩いていった。男の方の髪の色が、城之内に似ていて、遊戯の胸はどきりと高鳴った。
あー、ほんとバカだ、ボクは。
ここで止めちゃだめだろ。ケリつけるために来たんだろ。
遊戯は雑誌の切れ端をもう一度とりだして、住所を確認しなおした。
よし!と気合いを入れて、立ちあがろうとする。
「へぇ、こういうとこに興味あんの?」
ピッと紙が取り上げられた。同時に、目の前に知らない男の顔がにゅっと現れた。
遊戯はびっくりして、目をぱちぱちとさせた。
大学生ぐらいだろうか。筋肉のついた体格で、うっすらとヒゲを生やし、髪を短く揃えている。明るい色のダウンジャケットとデニムのジーンズというごく普通の身なりだった。
「男、好きなの?」
男はどかっと遊戯の隣に腰を下ろすと、いきなり遊戯の肩をだきよせた。乱暴な仕草が、よく知っている人間を彷彿させて、心が揺れた。きつい煙草の匂いがして、それだけは城之内に似ていなかった。
「悪いですか」
遊戯が、大きな目できっと睨みつけると、そんなに怒るなよとにやにやと男は笑った。ごまかすような笑い方だった。そういうものに、遊戯は慣れていなかった。
「オレも好きだよ。じゃなきゃ、店の名前なんてわかんねぇだろ」
遊戯の腰をひきよせながら、頬を撫でる。手慣れた感じだった。遊戯はついっと顔をそむけた。
「経験ないだろ?」
「わかるんですか?」
「こんなに身を固くされてたら」
「知らないひとに触られるのがイヤなだけです」
「つれないな。かわいいから誘ってんのに」
あごをすくい上げられて、キスされそうになる。遊戯は必死で拒んだ。
無理だ。やっぱり無理だ。
「やめてください」
「こんな格好で誘っておいて、そんなの無しだろ?」
こんな格好ってなんだよ!
腕をひねりあげられて、階段に押しつけられただけで身動きができなくなった。非力な自分が情けない。遊戯がぎゅっと目をつぶると、涙がつぅっとあふれ落ちた。
ほんとは、このひとが悪いわけじゃない。そんなのは遊戯にも理解できた。そういう付き合いが、あるのはわかる。自分だって、ハッテン場というところに行くつもりだった。お金があればフーゾクに行っていたかもしれない。ボクは汚いやつだ。それなのに拒否するのなんて、筋が通らない。
でもダメだ。
どうしてもできない。
キスだって、セックスだって好きなひととしたい。
城之内くんと、したい。
「そこまでに、しといてくんない」
城之内だった。
遊戯は声もでなかった。
「これ、オレのツレだから」
「なんだよ、マジかよ」
「悪いね」
城之内の声には、否という返答を許さない凄みがあった。冷ややかな目でねめつけられると、男はしぶしぶと立ち上がると舌打ちをしながら去っていった。
遊戯は城之内を見つめた。
髪をきれいに後ろに撫でつけていて、白いシャツに、ネクタイ、腰巻の黒いエプロンを身につけていた。どこかの店のウェイターのような格好だった。
そういや夜のバイト入れたって、言ってたっけ。
「お前、何考えてんの?」
ぐいっと喉元を掴まれ、引き寄せられる。
城之内は激怒していた。全身から、怒気を炎のように吹き上げている。きつく睨みつける視線に焼かれてしまいそうだ。
遊戯はすくみ上がりそうになりながら、城之内を見つめた。
「お前の好きなヤツは、あいつか?」
遊戯は首を横にふった。
「このあたりで働いてる女か?」
もう一度、首をふる。
「待ち合わせでもしてたのか?」
遊戯はちがうと小さな声で言った。
「だったら、どうしてだよ。なんで、こんなとこに、来てんだよ」
「城之内くんこそ、なんで?」
遊戯は震える声で言った。
「たばこ」城之内はぼそりと言った。「客に頼まれた。洋モクだから店になくて」
「そっか」遊戯は言った。「じゃあ、早く戻らないと」
「テメーを送っていってからだ」
「いいよ」
「ダメだ」
「行くとこあるから」
「どこだよ」
遊戯は息を吸い込んだ。それから覚悟を決めて、城之内に告げた。
「男の人と、セックスできるとこ」
城之内は虚をつかれたような顔をした。
「うそだろ?」
「ほんとだよ」
「マジかよ?」
「そうだよ」
そう言い切った途端、遊戯は城之内に本気で殴られた。びっくりする間もなく、遊戯の軽い身体は宙を飛び、あっという間もなく、どさりとアスファルトの上に転がった。
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