◆1
城之内 克也は不機嫌だった。
「だってよー、ぜってぇ納得いかねーんだけど。何あいつ。今日もさっさと先に帰りやがるしさぁ。獏良ん家遊び行くってさぁ。ぜってーおかしくねぇ?」
絶対絶対と何度も言うな。一度でわかる。要点はまとめて言え。
そのまま口に出したら、三倍になって戻ってきそうだった。本田はかわりにため息をついた。
同じような話を何度も聞かされればうんざりすると言うものだ。
おまけに昨日もおとといも聞いた。きっと明日も明後日も聞くだろう。
「遊戯とケンカしたわけじゃねーんだろぉ?」
「だからだよ!」城之内は力説した。「ケンカもしてねぇのに、あいつぜってぇおかしいぜ。今日だって一緒に帰らないし、メシも一緒に食わねぇし、抱きつこうとすると避けるし、ほっぺ舐めようとするといやがるし。ぜってぇ納得いかねぇよ!」
いやだろう、それは。
言ってることを良く考えてもらいたい。高校生男子同士でやることではないと明白にわかるはずだ。遊戯はお前の子供か。それともペットか。
「お前、遊戯にかまいすぎなんだよ。うっとうしいって思われてるんだろ。ほっとけよ」
別に嫌われてるとは思えないのだ。接触を極端にいやがるぐらいで、あとは別にごく普通だ。話しかければ返事をするし、嫌な顔もしない。気にしすぎるこの男がおかしいのだ。
「だってよぉ!」
「遊戯が女だったら、セクハラだぜ。セクハラ」
「うぜぇこと言うなよなー」城之内は眉をしかめた。「あいつのどこが女に見えんだよ」
男にも見えないが。
女性っぽいというわけではないのだ。単に子供っぽすぎるだけだ。そう本田は思う。だってクラスのどの女子よりもチビなんだぜ。遊戯のやつは。まだ第二次性徴がきていないみたいな外見だし、ヒゲもないし、あいつ、生えてんのかなぁ、出るのかなぁと、くだらないことが気になった。遊戯がツルツルだろうがぼうぼうだろうが、オレには関係のないことなんだが。
それよりは、隣にいるうるさい男を黙らせるほうが先決だった。
本田は妙案を思いついた。
「城之内よぉ」
「なんだよ」
本田は大きく腕を開いて、さわやかな笑いをうかべてみせた。
「そんなに抱きつきたければ、オレに抱きつけ」
だから、そんなに世界の終わりみたいに嫌そうな顔をするんじゃねぇよ! ひとの身体を張った冗談に、笑いで返せよ! 空気よめよ! このバカ男ォ!
*
うまく行ってるような気がする。
武藤 遊戯は、自分の部屋のベッドに寝っ転がりながら、ほっと息を吐いた。風呂あがりの身体を、ほどよい疲労感が身体を包んでいる。
今日は日曜日だったので、獏良と御伽と一緒に秋葉原まで行ってきたのだ。
御伽はゲームデザイナーのわりに、ディープな場所にうとい。コンシューマー向けの製品作りを考えてるから、特定層だけにしか受けない作品作りはしたくないんだと言う。
獏良は、その御伽をなんなく言いくるめて連れだした。
買う必要も、プレイする必要もないけど、秋葉原にくる人間だって顧客層だよ。最近じゃヨドバシのおかげで一般層多いしさ〜。
そう言われると、そうかという気分になってしまう御伽だった。
けっこう洗脳されやすい。
秋葉原に行って、フィギュアショップ巡りをした。それからアニメショップや、ゲーム屋さんをうろついて、最後にゲームセンターで遊んだ。プライズゲームでトゥーンタイプのサイレントマジシャンLV4を手に入れ、ほくほくしながら家路についた。
今日は、楽しかったな。
遊戯はサイレントマジシャンを抱きしめながら、満足そうに微笑んだ。
獏良くんは、あれこれいろんな店に引っ張り回してくれたし、御伽くんは、お昼をたべに段取りよくレストランに連れていってくれたし。インド風カレーなんて初めてたべた。ナン、美味しかったな。
秋葉原は詳しくないとか言って、ばっちり下調べ済みなんだもん。御伽くんの彼女になるひとは幸せだよなぁ。エスコート完璧だぜー。これが城之内くんと一緒だったら、きっとラーメンかハンバーガーか牛丼に決まってる。
ああ、まずい。
遊戯は、顔をしかめた。
城之内の名前を思い浮かべてしまった。
せめて今日一日は考えないようにしようと思ってたのに。バカだな、ボクは。
*
城之内のことを好きかもしれないと気が付いた日。
あの日から、遊戯だってなんとかしようとしてるのだ。
端的にいえば、諦めようとしているのだ。
そんなにすごいことを、しなくてもいいと思うんだ。
ちょっと距離をおく程度で。
ボクらはべたべたしすぎてたんだよな。
どんなすごい恋だって、一生続くわけじゃない。熱湯だっていずれはぬるま湯になる。太陽だっていつかは冷える。会わないでいれば、きっと落ち着くだろう。
遊戯はそう考えた。
だいたいボクが城之内くんのことを意識するようになったのは、あの雑誌のせいだ。きっと、そうだ。今度、獏良くんとこでエロゲーやらせてもらうって約束したし。こうやって、気持ちを切り替えていけば、きっと元通りになれる。
しないといけない。
だって、城之内くんに嫌われたくないもん。
城之内のことは本当に大切な友だちだと思っている。生まれて初めてできた親友なのだ。失いたくないのだ。だから、絶対にあんなことを知られるわけにはいかない。
ボクが、城之内くんのことを好きだなんて。
セックスしたいなんて思ってるなんて。
おかしいに決まってる。
*
コツンと窓に何かがあたる音がした。
遊戯は、机の前にある窓をあけて外を見た。キンと冷たい夜の空気が流れ込む。
「城之内くん!」
城之内が遊戯の家の前で、こちらを見上げていた。
「出てこられねぇか?」
「ちょっと待ってて」
遊戯はパジャマの上にコートを羽織った。あわてて階段を下り、外に出る。
「よっ」
城之内が片手をあげた。
「どうしたのさ、こんな時間に」
「会いたかったから」
遊戯は困ったような顔をした。それを見て、城之内はむっとした。
「お前は、やだったの?」
「そ、そんなことあるわけないじゃん! やだなぁ、城之内くん」
無理に笑って矛先を反らそうとする。
その態度に、城之内はカッとなった。
怒鳴りつけようとしたが、さすがに遊戯の家の真ん前ではまずい。
「ちょっと来いよ!」
感情を無理矢理押し殺した低い声をだしながら、城之内は遊戯を近くの公園に連れこんだ。
*
二月の夜だ。
公園のしゃれた鋳物のベンチは氷のように冷えていた。
遊戯はつめたさに耐えかねて、ぱたぱたと足を踏みならした。コート一枚では足りない。指先も冷たい。裸足で来たのは失敗だった。もう少し着込んでくればよかった。
「寒いんなら、こっち寄れよ」
隣に座った城之内が、遊戯の肩を抱いた。そのまま引き寄せようとする。
「い、いいって!」
遊戯は首を振って、弾けるように離れた。冗談ではない。せっかく気持ちも落ち着いてきたのに、またぶり返してしまう。普通の顔をして隣にいるだけだって、自制心フル稼働なのに。
城之内の表情がさらにこわばった。ぎっと遊戯をにらむ。
「なんでオレを避けんだよ」
「別にさけてないよ」
「じゃあ、だっこさせろよ!」
「あのね、ボクはぬいぐるみでもなんでもないよ!」
「当たり前だろ!」
「じゃあ、必要ないだろ。普通にしてればいいじゃん」
「したいんだって!」城之内は遊戯の喉元をひっつかみ、噛みつくように言った。「お前、抱き心地いいし! 温かいし! 今だって寒いだろ! 首すくめてんじゃねかよ! 寒かったらくっつくの当たり前だろ! 別におかしかねぇだろ! オレには、お前が!」
お前が。
城之内は言葉につまった。
どう言い表せばいいのかわからない。
だって、遊戯は特別なのだ。いつだって、そばにいたいのだ。へらへらとくだらない話をして笑い合ったり、ゲームをしてるときの真剣な顔をみたりしたいのだ。
だって、特別じゃん。
お前は、お前だけは、特別じゃん。
何があっても、何をやっても、そばにいてくれるだろ。
オレをかばって殴られた。中学のときのたちの悪いツレに引き込まれて、ボコ殴りになってるときも迎えに来てくれた。最初は虐めていたのに。地味で、ガキっぽくて、チビで、くだんねぇ奴だと思ってたのに、いつだってオレのこと見放さないで、当たり前みたいな顔して、そばに居てくれる。
うれしかった。
だから、触れていたいのだ。いつだって確かめていたいのだ。
そばにいると。
お前じゃなきゃ、こんなことしねぇよ。
城之内はうつむいた。前髪が表情を隠した。
「親愛の情だってば。わかれよ」
遊戯の鼻の奥がツンとした。友人にこんな思いをさせてしまったことが、悔しかった。
城之内くんはぜんぜん悪くないんだ。他意なんてないのは十分承知してる。悪いのはボクだ。変なことを考える自分がおかしいのだ。
これまでは当たり前だった。
それなのに、当たり前じゃなくなってしまった。
わかってる。
ボクがいけないんだ。
「ごめん」
遊戯はうつむいて、唇を噛んだ。
その様子をみて、城之内は少し落ち着いたのか、どかりとベンチに座り直した。夜空を見上げる。冬の空気は凛と澄んで、星座がきれいだった。
「ごめん」
遊戯は、もう一度小さな声で言った。
城之内は、ばりばりと頭をかき乱した。
「怒ってねぇよ」
遊戯はうなずいた。
「別に城之内くんのこと、嫌いになったわけじゃないよ」
「知ってるよ」
嫌われたなんて城之内も思っていなかった。だから知りたいのだ。なんで急に様子がかわったのか。オレの顔をみただけで、どこか苦しそうな顔をするのか。
遊戯は無言だった。何を言えばいいのかわからないのだ。
好きだなんて、言えない。
「説明しろよ。理由」
「やだよ」
「言えってば」
「言いたくないんだってば」
「なんでだよ。オレたち親友だろ?」
だからだ。だから、言いたくないのに。
「隠し事すんなよ。なんかあんだろ? なら、オレに相談しろよ!」
城之内は遊戯の両肩を掴んだ。じっと顔をのぞき込む。寒さで、遊戯の頬はリンゴのように赤くなっていた。紫がかった大きな瞳がうるんでいる。いまにも泣きそうだ。泣かせたくなんてないのに。
「オレじゃ、お前の役に立たねぇのか?」
遊戯はかぶりをふった。
「金はないし、勉強教えられないけど、話聞くぐらいならできるし、荒事ならなんとかするから。ケンカとかさ」
遊戯は首を横にふった。
「誰かの秘密なのか? 約束したのか? それで言えないのか?」
「ちがう」
遊戯はつぶやいた。
「じゃあ、なんなんだよ!」城之内は吠えた。「言わなくちゃわかんねぇよ! オレになんかさせろよ! お前がつらいなら、寄越せって言っただろ! 覚えてるだろ!」
遊戯だって、覚えている。
あのとき、うれしかった。とてもうれしかった。
大好きだって胸を張って言えた。
だから言えないのに。
言いたくないのに。
遊戯の握りしめた手が震えた。噛みしめた奥歯がぎりっと鳴った。
「オレは、お前のなんなんだよ!」
親友だよ。
だから。
だから。
「だから、好きなひとがいるんだってば!」
城之内の息が止まった。
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