わたしたちが来たのは童実野町の郊外にあるショッピングセンターだった。車で来るひとが一番多いんだけど、駅から直通バスもでてる。映画館も併設されてて、休日の今日なんてかなりの賑わいっぷりだった。
せっかくだから、あとでみんなで映画もみたいねなんて言いながら、エスカレーターでブティックやランジェリーショップのある2Fに移動する。遊戯クンは、物珍しいのかキョロキョロとあたりを見回していた。
「もしかして来たの、初めて?」
「うん」
こくりと遊戯クンがうなずく。遊戯クンは白いワンピースに、ふわっとした薄いピンク色のカーディガンを羽織り、白い靴を履いていた。シンプルだけど品がよくて似合っている。色合いが桜みたいでかわいらしかった。
でもなんで首にいつも黒革のチョーカー巻いてるんだろう。あれ首輪みたいだよね。
「ボク、あんまり買い物には行かないから」
「そういえば、遊戯とこういうところに来るの初めてだよね」
そういう杏子の方は、スタイルに自信のあるとこを見せつけるような大胆なミニスカートにぴったりとした長袖のカットソー。丈の短いファーのついた上着を羽織り、ごつめのブーツを履いていた。一緒にならぶと同い年にはとうてい見えない。
ふたりの私服姿って初めてみたけど、傾向が違ってて面白いよね。
ちなみに、わたしはごく普通の格好です。系統としては遊戯クンよりかな。
「でも遊戯クンの服とってもかわいいけど、どこで買ったの?」
「これはアテムが」
「アテム君が?」
「うん。よく買ってきてくれるんだ」
うわー。いくら双子でも妹の服をそうそうプレゼントするかな。あのシスコン。
「へぇ、いいね。うらやましいな」――って、本当にそう思ってるの、杏子?
どうもこの二人は天然ボケコンビのような気がするなぁ。
ランジェリーショップに入ると、遊戯クンは傍目にもよくわかるほどカチカチに緊張した。かわいい下着って女の子の大好きなもののひとつだと思うんだけどなぁ。でも、初めてのことって何でも戸惑うもんだよね。ここは友だちとして一肌脱がないとね。よし。
「わたしは、遊戯クンにはプリントのかわいいのが似合うと思うなぁ〜。ねぇねぇ、このイチゴとかどう?」
「遊戯の下着ってレースいっぱいついてるのばっかりだよね。こっちのピンクのレースはどうかな? 水色なんかもいいかも」
杏子とわたしの二人がかりで、ブラジャーを遊戯クンの前につきだす。若いお姉さんといった雰囲気の店員さんが、まだまだいくらでもありますよーと楽しげに後ろから声をかけてくれた。遊戯クンは顔を真っ赤にしてもじもじとしている。
「シ、シンプルなのでいいよぉ……」
消え入りそうな声で反論して、ついっと目をそらし、売り場の隅に置いてあったスポーツ用らしい飾り気のまったくないやつを手に取ろうとした。
「えー! そんなのつまんないよぅ、遊戯クン」
「つ、つまんないって」遊戯クンは困ったように唇を噛みしめた。「ボクほんとに胸ないし、ぜんぜんないし、これぐらいで十分だからさ……」
「これから大きくなるわよ」とわたし。
「そうよ、背だって伸びたんでしょ?」と杏子。
「1cmね」と遊戯クン。それしか伸びなかったのが不満らしい。
ちいさくてカワイイのもいいのにな。
そんな話をしていたら、けっこう美人でグラマーな店員さんが寄ってきて、初めてでしたらサイズおはかりしましょうとにこやかに言って遊戯クンをフィッティングルームに連れていった。まるでドナドナに唄われる子牛のような目をしていたけど、そこは二人であえて無視した。
*
ふたりでブラジャーを持っていって試着室をのぞいたら、遊戯クンが販売員のお姉さんにスリップ脱がせられてたり、恥ずかしそうに真っ平らの胸を腕で隠してたりしたけど、なんとかブラジャーは買えた。
遊戯クンが着ていた下着が外国製のすっごい高級品だったらしく、店員のお姉さんはこれでもか!と言わんばかりにいいお値段の下着をがんがん出してきたけど、三人で話をしてごく普通のかわいいブラを選んだ。
パットが入ってるからラインが奇麗にみえますよって言われたけど、いきなり胸が大きくなったら恥ずかしいっていう遊戯クンの気持ちもわかるし。高校生なのにセクシーでラグジュアリーなのもねぇ。そういうの似合う人もいるかもしれないけど、遊戯クンには、かわいいのが似合うと思うな。
そのかわりショーツやキャミソールなんかもおそろいでばっちり購入した。
いっぱい買えてよかったねって言いながら、映画館の方へ向かう。遊戯クンは気になるのか胸のあたりをしきりに撫でさすっている。ノーブラじゃだめだよと言って、そのまま着用させてきたのだ。これからのことを考えると、そればっかりは危険すぎるもの。
なにがって?
すぐにわかるわよ。
*
併設の映画館は、いくつもの映画が見られるいわゆるシネマコンプレックスというやつで、ハリウッド映画から邦画、アニメまでなんでも見られる。チケット売り場の前で、本日の上映内容を確かめながら、どれにしようかと三人で相談した。
「ボク、映画館に来たの初めてなんだよね」
遊戯クンがすごく嬉しそうな顔で言った。
「杏子と一緒に来たりしなかったの?」
「杏子の発表会のバレエを見たりとか、オペラを見たりしたことはあったけど……」
わー、このお金持ちめ! うちの学園は裕福な家の子息が多いけど、アテム君の家は群を抜いてお金持ちなのよね。寄付金の額もすごいらしいし。双子なのに同じクラスになってるのも学校の方で気を回したんだと思うな。本人たちは知らなかったみたいだから。やっかいごとはまとめておけ!ってことかもしれないけど。
でも友だちと一緒にポップコーンをかじりながら映画をみるのもオツなもんだと思うよ。
三人とも趣味が微妙にちがうので、一番問題のなさそうなハリウッド映画を選んだ。ラブロマンスもちょっと入ってて、アクションがあって、最後はハッピーエンドというお定まりのやつ。チケットを買うために三人で仲よく並んでいると、わざとらしい咳き込み声が後ろから聞こえた。
「奇遇だな、相棒」
「よ、よう、遊戯」
「もうひとりのボク! 城之内くん!」
いやもう、ぜんぜん奇遇なんかじゃないから。それ。
*
アテム君と城之内くんがずっと後をつけてたのなんて最初からわかってた。
だってバスを黒塗りのリムジンで追ってくるんだもん。遊戯クンが初めての路線バスにはしゃいでなかったら、ぜったい気付かれていたと思う。そのあともずーっと後を着いてくるし。さすがにランジェリーショップにまでは入ってこなかったけど。
でも店の前を、ヘヴィーメタル好きかボンデージ好きかハードゲイなのかよくわからない黒革と銀づくめの男がうろうろしてたら目立ってしょうがないよね。アテム君は細身だからまだいいけど、あれで体格良かったら絶対あやしい人だよ。今でも行動がヘンだけど。城之内くんが、アテム君をひっぱっていかなかったら警備員のひとが来てたんじゃないかな。
城之内くんの方は履き古したかんじのジーンズに長袖のシャツというごく普通な高校生らしい格好だった。顔をすこし赤くしながら、気になってしょうがないのか、ちらちら横目で遊戯クンを見てる。目線が胸のとこに行ってるのは隠しきれてない。ほんと、城之内くんってわかりやすいよね。
杏子もだけど。
「ふたりも映画を見に来てたの? わたしたちもこれから見るんだけど、よかったら……」
頬を染めながら、アテム君をじっと見つめている。
なんでこんなに恋の花があちこちで咲いてるのかしら。春だからなのかな。
「もちろんかまわないぜ! なあ、城之内くん!」
「お、おう!」
「わあ、よかった!」
遊戯クンは、アテム君に何か言いたそうだったけれど、手を叩いて喜んでる杏子を見ると、何も言えないみたいだった。ちいさく溜息をついたあと、城之内くんの方を見る。着ていたピンクのカーディガンみたいに桜色に染まった。
うーん。
ここは協力するのがお友だちの心意気というものでしょう。
情けは人のためならずっていうし。回り回って、わたしに素敵な彼氏ができるかもしれないものね。
「ねぇ遊戯クン、よかったら先にみんなの分の飲み物とか買っておいてくれないかな? あとポップコーンとか」
「あ、うん。いいよ」
「ひとりで持つの無理だから、城之内君も手伝ってあげてよ」
「お、おう!」
ふたりはもじもじと照れながら、ポップコーンはキャラメルがいいかな、バターがいいかななんて言いながらコンフェッションの方に向かっていった。初々しいなあ。
もちろんシスコン魂の兄がそれを放っておくわけがない。
「オレも買い物に行くぜ!」
速攻でそれをひっくり返す。
「アテム君は杏子と一緒にパンフレット買ってきて」
「何!?」
「分散したほうが合理的でしょ?」
文句を言いそうになったけど、杏子がうれしそうに「そうだね、そうしたほうがいいよね」なんて言うので、アテム君もしぶしぶとコンフェッションと反対側の売店に向かった。
わたしって、ホントにやさしいよね。
こんなわたしに素敵な彼氏と出逢えるチャンスをプレゼントしてくれてもいいと思うんだけどな。神さまとか、仏さまとか、どこかの誰かさんが。
*
チケットをみんなに渡すと、ほとんど待たずに入場時間になった。ぞろぞろと中に入り、指定された席に座る。混んでいたわりには真ん中の後ろの方という良い席だった。城之内君が一番奥で、その次が遊戯クン、私、杏子、アテム君の順番だ。
もちろん偶然の産物なんかじゃないわよ。感謝してほしいな。
「…………オレは相棒の隣がいいんだが」
「でもさっさと席に座らないと、他のひとの迷惑になるよね」とわたし。
アテム君が何か言いかける前に、遊戯クンは「城之内くんは飲み物持ってるし早く座ったほうがいいよ」と城之内君を先に行かせて、自分も後に続いていた。けっこうやるよね。
わたしも続いて席に座る。杏子は照れながらおしとやかに座り、ミニスカートからにょっきり出ている膝頭のあたりをどうしようかと言わんばかりに撫でさすっている。アテム君は不承不承といった感じでそのとなりに座った。うん、わたし頭冴えてる。アテム君を最後にしたのは正解だった。
買ってきたポップコーンや飲み物を回し、パンフレットを開いているうちに館内が暗くなってきた。映画の前のCMが始まって、回りのざわめきも落ち着いてくる。
遊戯クンと城之内くんは、ポップコーン美味しいね!なんていいながらお互い手をぶつけそうになって、はっと引っ込めたりしている。
杏子はぽーっとした顔でパンフレットを広げながら、この映画に出てくる有名俳優の話をしてる。アテム君は生返事でそれを聞いている。
うん。右も左も楽しめそう。
わたし一人春が来てないんだもん。これぐらい楽しませてもらわないとね。