女の子同士で買い物に行くのって、楽しいわよね。
少なくともわたしは好きだな。
高校生でそれほどお小遣いに余裕があるわけじゃないし、好きなものをなんでも買えるわけじゃない。でも、お店にならぶキラキラとしたアクセサリーやかわいい小物や素敵な服とか靴とか帽子とか、そういうものを眺めてるのって、すごく楽しくない?
ウィンドウショッピングもいいけど、友だちの買い物に付き合うのも好き。
お金を使わずになんだか買ったみたいな気分になれるし。ひとに見立ててあげるのも楽しい。女の子って飾るのが好きだと思うんだ。いろいろ。
とくに同い年のくせに自分よりずっと年下に見える、ちっちゃいかわいい子の下着を選ぶなんて面白くて。
「やっぱり帰ろうよ。ボク、ほんとにそんなの必要ないしさ〜!」
「いるわよ、絶対。ね、杏子?」
「そ、そうよね……。これまで女子校だったから気にしてなかったんだけど、遊戯だってもう高校生だし……男子いるし……」
「ボクみたいにぺったんこがつける必要ないって! ねぇ!」
「だめよ。女の子なんだしブラジャーのひとつやふたつ、持ってて当然でしょ」
そう言ったら顔を赤くしてもじもじしてる。
わたしに抵抗なんて、そんなの無駄なんだから。
*
武藤 遊戯クンと真崎 杏子の二人は、お嬢さん学校で有名な黒薔薇女学園からやってきた仲良し二人組だ。
同じクラスになった杏子とわたしはすぐに仲よくなった。性格はお互い反対方向だなって思うんだけど、馬が合ったっていうのかな、そういう感じ。
それに自分と同じ性格のひとなんて、わたしはイヤだなぁ。自分のイヤなとこ見ちゃうみたいな気になるもん。違うタイプと付き合う方が、刺激があって好き。モノの考え方とか生活環境とかね。
杏子はハキハキしてしっかりして男勝りの女の子!みたいに自分のことを思っているけど、わたしからみるととってもロマンチストのかわいい女の子に見える。
わたしが「カッコヨクってハンサムで背が高くってお金持ちの男のひとを恋人に欲しいな!」って言うのを、そんな全部揃ったひとなんて無理じゃないのって言うし、あーあって思ってるのは知ってるけどさ、アテム君のことを好きな杏子のほうがホントはよっぽど夢見がちだと思うよ。
アテム君って、恋人にとってもお薦めできないタイプだもん。
すっごいシスコンだし。
妹さんの存在を知る前からアテム君のことは女泣かせなタイプだなーって思ってたけど。
だって女に興味無さそうなんだもん!
ヘンな意味じゃなくて。
ほんとに単純に興味なさそうなの。
高校にあがるまで、うちの学園のどれだけの美少女をふってきたかなんて書き出すときりがない。
かっこいいことはかっこいいのよね。(背低いけど)目立つし、オーラあるし、顔も(わたしの好みじゃないけど)ハンサムだし、お金持ちだし。
お金持ちだからイイっていうんじゃなくってさ。卑屈なとこがこれっぽっちもないのね。ミジンコの足先ほども存在しない。傲岸不遜っていうか、完璧に支配する側の人間なのよ。滅多にお目にかかれないぐらいの。
そーいうタイプの男って、女って自分と別の存在だと思ってない? ホモとかそういうんじゃなくて、女性は女性で尊重すべきだけど、自分と同じ立場じゃないだろって。ホモソーシャルぽいよね。でも女じゃなくて、自分の認めてない男もそう思ってるかもしんないなぁ。
まあこういうことは、わたし誰にも言わないけどね。理屈好きな女なんてモテないし。
男は基本的にかわいくて、小さくて、守ってあげたくなるタイプが好きなんだよね。それでもって、自分をやさしく包み込んで甘やかしてくれるタイプ。母性を持ったロリータみたいなの。画一的な見方だと思うけど、人気があるのは現実だと思うな。男の好きな女と、女の好きな女って別だもん。
世の中にはたまにそういうのが具現しちゃってるから、困ったもんなのよね。
それが武藤 遊戯クンだったりする。
*
遊戯クンは、杏子の親友だ。それでもってアテム君の妹。
わたしたちと同い年とは思えないほどちっちゃくて、すとんとした抑揚のない身体つきは、小さい女の子を好きなタイプの男の子――いわゆるロリータ・コンプレックス持ちだったら垂涎の的になりそう。
ほんとね。ちっちゃいの。わたしでも、抱っこしたくなるぐらい。ほっぺとか焼きたてのパンとか、つきたてのお餅みたいに、ぷにゃぷにゃで、ふにゃっとしてるし。それなのに手や足なんてすごく細い。ガリガリじゃないのに細い。まだ筋肉や脂肪がついていない、できあがってない未成熟な子供の身体なんだと思う。
ひとことで言うと子供っぽいの。本人が言うとおり、胸もぺったんこだしね。
そのせいかどうか知らないけど、兄のアテム君は、遊戯クンにものすっごく過保護だ。クラスでも彼女に話しかけられる男はほとんど居ない。視線を向けるのだって躊躇する。
だって、ほんとすごいんだもんアテム君。
最初、遊戯クンの隣の席になった男の子は、花咲君って言う子だった。背も低いし、大人しいし、ルックスもごくごく普通で目立たない。ちょっと内向的でオタクっぽいタイプ。
よくいるでしょ? 女の子の隣に置いておいても害にならないタイプ。
そういう感じ。
だから遊戯クンも、とくに意識せずに話をしてたのよ。杏子なんて平気な顔してるけど、けっこう男の子と話すとき意識してんの。ずっと女子校だったんだから、それなりに当然だと思うけどね。
もちろん、ふたりが話してたのはごく普通の話よ。お早うとか、勉強たいへんだねとか、宿題やったとか、桜がきれいだねとか。そんなありきたりの挨拶よ。
そこまでは、アテム君も我慢してたみたいなの。
最初の数日はね。
それでも女の子と話せたのがうれしかったのか、花咲君はゾンパイアっていうアメコミを持ってきて、遊戯クンに貸してあげたりしたの。
それがいけなかったんじゃないのかな。
もんのすごい勢いでアテム君は花咲君を睨むようになった。魔王みたいな目付きでみてるの。怖かったよ。指一本でも触れてたら、呪殺されてるかもしれない。そう思えるほどだったもん。回りの席の連中だって、さりげなく席をずらしてた。
なんかねぇ、もうほんとにたたりそうだった。周囲とその視線の先の空気は絶対4度は違ってた。まるで山陰に入ったみたいにシンと冷たかったというのは、その反対側に座っていた女の子の証言。
花咲君は、3日後には学校に来なくなった。アテム君が怖いから、ずる休みなのかなーと思ってたら、胃潰瘍でしばらく休むって連絡が来た。
気がついてないのは、遊戯クンだけだった。
*
まあそのあと席替えがあったんで花咲君は二度と胃潰瘍に悩まないですむようになったんだけど、そのあと、また大問題が起きたのよね。
身体測定よ。
それ自体はどこの学校でもやるわよね。うちも普通にやったのよ。身長、体重、血液検査、エトセトラ。それ自体にはなんの問題もなかったの。
女子更衣室に痴漢が出たことだけがイレギュラーだったの。
最近近隣の学校で痴漢が現れたから、女生徒は帰宅時に特に注意するように――なんて先生から報告あったけど、まさか白昼堂々と学校内でのぞかれるなんて思わないよね。
その痴漢は、大胆さと身軽さを生かして、これまで趣味と実益を兼ねたのぞきを続けていたらしい。もともと針ねずみのテツなんて異名を持っていた窃盗の常習犯だったんだけど、以前女子高生が原因で警察に掴まったことを逆恨みしてたんだって。これは、新聞には載ってた話ね。
それで今回、その針ねずみとやらが掴まったのは、遊戯クンのおかげなの。
みんなが更衣室で、痴漢にキャーキャー言って騒いでいるときに、ひとりで外に出て行って捕まえようとしたのよ。窓を乗り越えて、止める間もなく走っていっちゃって。
すごくびっくりしたんだから。
遊戯クンの勇気には感心するけど、でも危険だよね。相手は男だから体力的には不利なんだし、刃物を持ってるかもしれないし、遊戯クンみたいな小さい子が太刀打ちできるとは思えないし。しかも下着姿のままで、外に出て行ったんだもん。相手に服を破られたりするぐらいですめばいいけど、もっと酷い目にあう可能性だってあったのに。
それだからもうアテム君が、怒っちゃって怒っちゃって。
警察が来るまで、必死で城之内君と先生たちが止めてたらしい。殺しかねないところだったって真顔で城之内君が言ってたけど、本当だと思う。その後、しばらくアテム君に話しかけようなんて奇特なひとは誰もいなかったし、先生だって授業中に当てるのをためらってたぐらいだもん。
遊戯クンは通学は電車だったんだけど、それ以来アテム君と同じ車で送り迎えになっちゃったし、わたしや杏子と話をするのにも神経をピリピリ尖らせてたのね。食事のときも、できれば遊戯と一緒になるのは遠慮してもらいたんだがって言ってくる始末でさ。
そうしたら遊戯クンが怒っちゃって。
ボクの友だちに何を言うのさって。
侮辱するつもりなのかって。
遊戯クン、あれで怒ると、けっこう怖いのよ。
声を荒げたりしないんだけど、静かにずーっと怒ってるのね。
みんなにはそんな態度は露とも見せないんだけど、アテム君にだけは態度ちがうの。
もうね、次の休み時間にはアテム君平謝り状態。
それでも許してくれなかったみたいで、翌日なんて憔悴しきった顔で、哀しそうにせつなげに遊戯クンの方をみてるのよ。なんだかこっちが可哀想になっちゃうぐらい。
だから、わたしと杏子は妥協案を出したのよ。
アテム君が心配するのもわかるし、監視されてるみたいな状態の遊戯クンが怒るのもわかる。だったら、もう少し遊戯クンに女の子だっていう自覚を持ってもらって、危険なことには手を出さないようにしてもらえばいいんじゃないのって。
そこでお休みの日の今日、ブラジャーを買いに来たわけなのよ。