今日はいつもより早く目が覚めた。
 きっと緊張してるせいだ。
 だって今日は健康診断だ。
 身長体重視力聴力、採血検査に心電図もとる。別に注射がイヤで気になってるわけじゃないよ。そりゃ注射は好きじゃないけどさ。
 身体検査ということは服を脱がないといけないってことだ。
 当たり前だけどみんなの前で全裸になるわけじゃないし、体操着を着るだろうし、着替えだったら体育のときにだってしてるし、お医者様にだって下半身を見せるわけじゃない。まあ心電図や検診のときに胸は見せるだろうけど、別にぺったんこだっていいだろう。ボクの胸がふくらんだら困る。
 それでもやっぱり毎年気になってしょうがない。
 自分が男だってばれたらどうしよう。
 下半身をさらけ出す羽目になんてなったことないし、ならないと思うけど、それでもやっぱり気になっちゃうんだ。
 ばれたら変態扱いは確実だ。杏子たちに合わせる顔もない。
 だから今日は下着もレースがいっぱいついたフリフリのやつにした。いわゆるかぼちゃパンツだ。本当はこういういかにも女の子っぽい華美な下着は苦手だし、履きたくないんだけど、今日は特別だ。ラインがわかんないからね。
 あとはおそろいのスリップ。こっちもレースがいっぱいで、下がほとんど透けないやつだ。こんなの着ると本気で女装してるみたいな気分になって、もやもやするんだけど、しょうがない。
 ブラジャーだけは着けない。そればっかりは勘弁してほしい。必要なんてこれっぽっちもないしさ。
 でもこれ全部、アテムがプレゼントしてくれたんだよね。こういう下着、どっから探してくるのかなー。杏子に付き合ってランジェリーショップに行っても見たことなんてないぜー。
 アテムはなぜかちょくちょくボクに服を見立ててくれる。下着だけじゃなくて、普通の服とか、靴とかも。それは嬉しいんだけど、みんな女物ってのはどうしてなんだろう。家の中、せめて自分の部屋の中ではボクだってジーンズや男物のシャツを着たいのに。
 そりゃ……男性モノだと大きすぎて、サイズ合うの少ないんだけどさ。
 あーあ、もっと身長伸びないかな。
 去年より、ちょっとは伸びてるといいんだけど。



 朝ごはんをたべて学校に向かう。中学までは車で送ってもらっていたけど、高校からは電車通学に切り替えた。同じ学校なんだし、アテムと一緒に送ってもらえばいいのはわかってるけど、一人に慣れないとね。もうひとりのボクに任せておくと電車の乗り方だってわからなくなってしまう。こういうところから切り替えていかないと!と思ってるんだ。
 ラッシュの時間に乗ると大変そうだし、ボクなんかつぶれちゃいそうだから、がんばって早めの電車に乗ってる。
 本当はボクもそれほど早起きってわけじゃない。アテムほどじゃないけど、寝起きだって良くない。最初は自分でも電車通学なんてできるのかなって思ってたけど、やってみればできるものだ。他のひとならごく普通にやってることなんだしさ。でも、こういう小さいことでも自分で決めたことをクリアできると気分がよくなるよね。

 童実野駅につくと、きょろきょろと当たりを見回す。駅前の広場、バスのターミナルのあるところあたりを城之内くんが歩いていた。ボクは手をふって呼び止めた。城之内くんも気がついてこっちをみて笑う。
 城之内くんはちょうどこの時間帯に登校するみたいで、いつも朝一緒になる。学校まで話ながら歩く。これが楽しい。ボクにはこれまで男の子の友だちっていなかったから、城之内くんの話すことがなんでも物珍しいし、面白い。
 アテムから聞いた話だけど、城之内くんは生活費を独力で稼ぎだしてる努力家なんだそうだ。お父さんは中学のときに行方不明。お母さんは、城之内くんが小さいころに妹さんをつれて離婚してしまったらしくて、音沙汰がないそうだ。
 ボクなんか、弱虫で意気地無しだから、そんな状況になったらどうなるか見当もつかない。でも城之内くんは普段では苦労してるとこなんて全然みせなくて、えらいなって思う。
 アテムもそう思ってるみたいで、影ながら城之内くんに援助してる。学校に寄付して、むりやり奨学生枠をつくらせて城之内くんを対象にしたりとか。そういうところ、もうひとりのボクは破天荒というかスケールが大きいというか、ちょっと常識で計れないところがあるよね。ほんと、好きなひとには過保護なんだよな。



 身体検査は、クラスごとに行うから、ボクらB組は2時間目を潰すことになっていた。
 女子更衣室で着替えるのは、ちょっと気恥ずかしい。慣れているとはいえ、高校生ともなるとみんなやっぱり胸とか大きくなって、女の子っぽくてさ。香水つけてたり、メイクをしてる子もいたりして、やっぱり高校生って大人だなーって思う。中学までは、ボクぐらいの子もいないわけじゃなかったんだけどな。
 杏子なんてすごいナイスバディだから、誇らしげに胸をつきだして着替えてる。着ている服の面積は水着とたいして変わらないんだからと、自分に言い聞かせて、さっさとジャージに着替えると、杏子に「先に行ってるよー」と声をかけてから廊下に出た。身体測定と採血は講堂で、次に検診車、それから保健室で診断してもらうことになってる。
 講堂に向かう途中で、もうひとりのボクと城之内くんに出会った。
 いつも一緒だよね。仲いいなぁ。
「ジャージ姿も似合ってるぜ、相棒!」
 ぐっと親指をたてて、そういうこと言うのやめてほしいんだけどな。もうひとりのボクは。贔屓の引き倒しすぎだと思うんだ。
「かわいいけどよ、お前のそれ、ちょっとぶかぶかじゃねぇ?」
 城之内くんが鼻の頭を掻きながらたずねた。
「一番小さいサイズにしたんだけど、それでもちょっとぶかぶかなんだよね」
 しょうがないから手足のところは折り返してる。ヘンかなぁ?ってたずねたら、城之内くんは、首をよこにぶんぶんふって、「そんなことないぜ。すっげぇ似合ってる」って言った。ジャージってあんまり似合うも似合わないもないと思うんだけど。もうひとりのボクの妹(ホントは弟だけど)だからって、気を遣わなくてもいいのにね。



 身体測定はとくに何事もなく終わった。身長は去年より、ちょっとだけ(1cmだけど)伸びてて、うれしかった。なんで双子なのにもうひとりのボクと大差をつけられているんだろう。でもうちは伝統的に背が低いのかもしれない。じいちゃんだって背低いし、もうひとりのボクだって、男子としてはそれほど背の高い方じゃないもんなぁ。やっぱり牛乳をもう1本飲むようにしよう。
 検診車に入ろうとしたところで、なぜかもうひとりのボクも一緒にやってきた。腕をがっちりと組んで離れようとしない。車の中の技師のひとも苦笑いをしている。
「あのさ、ボク心電図とらないといけないんだけど」
「わかってる。オレは終わった。」
 もうひとりのボクは毅然とした態度で言った。ボクはためいきをついた。
「終わったなら次に行きなよ」
「相棒の胸を見も知らない男にさらけ出すなんて、そんなことは絶対に許せないぜ!」
 黒薔薇女学園でだって検診ぐらいあったよ。お医者様は男性だったよ。女性の先生もいたけど。そもそもボクは男じゃないか。胸ぐらい見られたってちっとも恥ずかしくはない。
「自分だって、いつも胸出してるだろー!」
 理不尽だ。もうひとりのボクは下に何も着ないで上着だけ羽織って出かけるときだってあるじゃないか。
 とにかく「出ていかないと1週間、口をきかないからね!」と脅しつけてたたき出して検診をしてもらう。こんな騒ぎのせいで、男だってばれないだろうかなんて、気にしないですんだのはよかったけどさ。



 なんとか全部終わらせて、あとは着替えて教室に戻るだけになった。もうひとりのボクのせいで遅くなってしまった。更衣室に入ると、杏子と野坂さんがこっちだよと手を振っていた。ふたりともスタイルいいよな。ほんとに。
 城之内くんから聞いてるけど、杏子はけっこう男子に人気があるらしい。そういうのを聞くと、ちょっと誇らしいような、さみしいような気持ちになる。
 ほんとはさ、もっと男らしくなって、杏子を彼女に出来たらいいなって考えたりすることもあるんだ。当然だけど杏子はボクのことを女の子だと思っているから、そういう風に意識されたことはない。
 でもさ杏子はボクの目からみても魅力的なんだ。スタイルもいいし、美人だし、それに将来ダンスを職業にしたいって夢を持ってて、それに向かって努力してる。自信家ではきはきしてて優しい。そういう子に好かれるような男になれたらいいなって思うんだ。そりゃ今は無理だし、ボクが男なことを正直に杏子に告白できるかどうか謎なんだけどさ。
 そういや城之内くんも杏子みたいな子はタイプなのかな。
 ふっと、そんなことが頭をよぎった。
 なんで城之内くんのこと考えたんだろう。
 もそもそ着替えてると、野坂さんが寄ってきてひょいっとボクのスリップの胸のところに指をくいっとひっかけた。
「ひゃあ!」
 男なのにみっともないと思うけど、つい悲鳴を上げてしまった。だって、こんなことされると思ってなかったし。あわてて胸を腕で隠す。
「な、なにするんだよ、野坂さん!」
「ブラジャーしたほうがいいんじゃない?」
 野坂さんはボクの抗議に頓着せずにそう言った。
「い、いいんだってば。ボク、ぜんぜん胸ないし!」
「でもでも、男子に見られちゃうとイヤじゃない?」
「見られるって?」
「乳首」
 ボクは思わず顔を赤く染めた。そんな言葉、女の子から聞くのはずかしいよ。いや前は女子校だったから、けっこうあけすけな話もなくはなかったけどさ、ボクに直接そういう話をするひとは少なかったんだ。どうもみそっかす扱いされていたらしい。その方が気楽だったんだけど。
「ボクなんて見るひといないよ」
 巨乳の子がノーブラならともかく、ぺったんこなんだぜ? 本当は男なんだしさ。
「城之内君とか、気にならない?」
 野坂さんは、小悪魔みたいな笑顔をうかべた。どうしてここで城之内くんの名前が出てくるんだろう。
「別に、ボクは…………」
 気になんかならないよって続けようとしたところを、他のひとの声がかき消した。みんなびっくりして、そっちの方を見ている。
「ち、痴漢! 痴漢がいるッ!!」
 更衣室の窓のカーテン越しに怪しい黒づくめ姿の男が見えた。