担任がホームルームの間も、クラスの視線はあの二人に釘付けだった。先生が背中を晒す度に、みんながチラチラとアテムたちの方を見る。オレも二人をながめていた。席は離れてはいたが、二人の斜め後ろに位置していたので、見るのに支障はない。
視線に慣れっこのアテムは、いつものように背筋をピンと伸ばしたまま平然としていたのだが、いらいらと足を踏みならしていた。めずらしい。
意外なことに妹(だよな、たぶん)の方も落ち着いたものだった。表情は見えないけれど、回りの注目なんて気にせず、前に座っているアテムの全開の不機嫌さも気にせず、配られたプリントを確認し、先生の話をたまに書き留めたりしていた。時たま、足に手を伸ばしてさすっている。痛むのかな。やっぱり。
*
チャイムが鳴って挨拶をすませると、顔見知りがみんなわっと言う勢いで、アテムたちのところに集まった。砂糖に群がるアリのようだ。アテムは妹の手をひっぱって速攻で帰ろうとしたのだが、回りの動きのほうが早かった。つか、なんでそんなにお前ら物見高いわけよ。
高校からの編入組はびっくりした顔で、この集団を見つめている。
一番先に口を開いたのは本田と御伽だった。こいつらは中学時代からのツレなんで、アテム相手にも遠慮がない。
「なぁなぁ、その子ってお前の例の妹さん? 名前は?」
本田、お前、普段は硬派気取ってるくせになんだっつーの。
「初めまして僕は御伽 龍児。お兄さんの友人です」
何いきなり自己紹介してんだよ、御伽!
オレは後ろから忍び寄ると、腕を御伽の首にからめて、スリーパーホールドを喰らわせてやった。音もなく御伽がくたりと床に倒れ込む。それを本田に押しつけて、オレは彼女の前に出た。彼女の大きな目が、オレを見つめる。
「あ! 朝の……!」
「え、えっと……」
なんだか言葉が出てこない。つい、もじもじと手を擦り合わせてしまった。なぜだか身体が熱くて汗をかいている。暑いのかな。回りにひとが多いせいだよな。
こうやって隣にいるアテムと見比べると、二人はとてもよく似ていた。髪型も顔立ちも。でもはっきり別人だってわかる。まず雰囲気がちがう。アテムのほうがきつい面立ちをしてるし、衆目を集めるタイプだと思う。こいつにあるような華やかさは、彼女にはなかった。でも、この子のほうがかわいいよな。女の子なんだしさ。
彼女の方が全体的に小柄で、ちっちゃかった。アテムはああ見えてもそれなりに筋肉がついているけど、彼女は全体的にやわらかい幼い線でできあがっていた。きちんと切りそろえられた手の爪はちまっとしててピンク色で丸い。目線を下にやるとスカートの下からちょっとだけ包帯が見えていた。
「あ、足大丈夫?」
彼女はちらりと膝に目をやって、それから「平気平気、これぐらいぜんぜん問題ないよ」と笑ってくれた。
「どうしたんだ、その足は」
彼女のとなりに立っていたアテムが、ドスのきいた低い声でたずねた。怖いんだけど、アテムさん。オレが怪我させたと知ったら、なんて顔をするんだろうか。想像しただけで、ちょっと背筋が寒くなる。
「ちょっと転んだだけだよ。たいしたことない」
アテムは眉間に皺を寄せて、唸った。
「だからオレの言う通りに、黒薔薇女学園に通っていればよかったんだ!」
「転んで怪我するのに、通う学校は関係ないだろ」それはその通りなんだが、原因がオレとあってはなんだか身の置き所がない。「そんなことより、アテムの友だちを紹介してよ」といってオレや、まわりを見まわす。
ぶるぶると握り拳をふるわせていたアテムは、何かをふっきるかのように大きく溜息をついた。憤懣やるかたないといった表情でぼそりと言う。
「紹介するぜ、オレの妹だ」
「武藤 遊戯です。よろしく」
ユウギ。遊戯か。
「オレは城之内。城之内 克也って言うんだ」
さっそくオレは、よろしくといって手を差し出した。
「キミが城之内くんだったんだ」
彼女はにっこりと笑って握りかえしてくれた。オレの手のなかにすっぽり収まっちゃうぐらい小さくて、やわらかな、子供みたいな手だった。
「いつも、もう一人のボクから聞いてるよ。今日はありがとね」
「いや、べ、別に」聞いてるって何をだろう。オレの話なんて、アテムのやつはしていたのだろうか。なんかヘンなこと話てないよな。「オレの方こそ、なんつのか、その、いろいろ」
「そのぐらいで、手を離してくれないかな城之内くん」
隣のアテムが、じっとオレの方を睨んでいた。アテムにこんな冷ややかな視線を送られるのは慣れていない。
「あ、わるい」
「城之内くんだから今回は許すけれど、他の奴らは絶対に相棒に手を触れちゃだめだぜ!」
えー!とか、横暴だーとかいう囃し声をぎっと睨みつけ、オレにも「二回目はないからな、城之内くん」と念を押す。いくらなんでも過保護すぎないか、アテム。
「それじゃ帰ろうぜ、相棒。車は呼んだから」
「ボク、電車で帰るよ」
「怪我してるんだろ。だめだ」
有無を言わせぬ迫力で、アテムは妹をひきずって行く。
「歩くのに問題ないよー!」
「年長者の言うことは聞くもんだ」
「同じだろ! 双子だもん!」
「それでもオレの方が長男だ」
「横暴!」
「いいから帰るぞ」
彼女は諦めたのか、残っていた生徒のひとりに向かって大きく手をふった。
「杏子、ごめん! また明日ね!」
「あ、うん。バイバイ遊戯!」
アンズ、と呼ばれた子も手をふった。オレもその後ろからさりげなく手を振ってみたりした。アテムは振り返らなかったけど、妹のほうは顔だけ振り返って照れたように笑った。
オレの方って、見てくれたかな。
*
大騒ぎの元凶二人が姿を消すと、教室に残っていたやつらが緊張を解いたかのように、いっせいに溜息をついた。早く帰ろうよーとか、お母さんが待ってるのに〜とか、あわてて出ていく姿もみえた。先に帰ればいいのに、そうできないんだよな。よくも悪くもアテムのやつはそういうタイプなんだ。居ると、どうしても注目を集めちまう。気になる。
「お前、なんだよ自分だけ握手とかして」
本田がオレの身体をつついてくる。
「いいじゃんかよ。御伽こそなんだよ、自己紹介して。あーいうの好みかよ」
「僕は女性には礼儀正しくあるべきだと思ってるだけだけど?」
「本田は?」
「オレも好みじゃないけど、気になるじゃん。アテムの妹つったら」
まあ、そりゃそうだけどさ。
「だいたい気になってるのは、城之内くんの方じゃないのかい」
御伽は長めの髪の毛をうっとうしそうにかき上げながらそう言った。こいつは顔がいいので、そういう仕草もはまっている。
「べつに」オレはそっけなく答えた。「気になってなんかねーよ」
「それ、本当なんでしょうね」
ずいっとオレの前に女の子が現れた。妹さんに「アンズ」って呼ばれてた子だ。黒髪のボブのスタイルのいい女の子。
「なんだよ、アンタ」
「アンズ。真崎 杏子。遊戯の友だちよ」