「新入生代表、武藤アテム」
「はい」
 凛とした声が聞こえて、壇上にちょっと背の低い新入生が登っていく。名前なんて聞かなくても、後ろ姿ですぐにアテムだってわかる。特徴のある髪型してるからな。
 ちょっと変わってる名前だよねって、ざわざわ話してる声がまわりから聞こえてきた。高校から編入してきた生徒だろう。中等部じゃ知らないヤツがいない有名人だったからなぁ、あいつは。いやハーフじゃないぜ、血は混じってるらしいけど。
 アテムのやつは、オレのダチだ。中学のときにひょんなことから知り合って以来、ずっと仲よくしてる。お互い性格は違うし、家庭環境も違うし、頭の出来も、なにもかも違うのに、なんだかオレたちはウマがあった。
 新入生代表が演説台の前でくるりと振り向いてこちらを見すえると、ホールの中は一瞬シンとなった。全員の目がアテムに集中する。
 アテムにはオーラがある。威厳というか、みんながつい従ってしまうようなそういう雰囲気だ。普段、オレといるときは普通に笑ったり、遊んだりしてるんだけど、こういう時のアテムはちょっと別格で、格好いい。中学時代には「王様」なんてあだ名がついていた。言い得て妙だと思う。
 別に凄いことを言うわけじゃない。アテムは結構ハンサムだとは思うが最近のアイドルみたいな親しみやすさはないし、背も低いし、細いし、立派な体格とは言いづらい。威圧感があるわけでもない。でも誰よりも目を惹きつける。カリスマってのがアテムにはある。
 んでもって、あれがオレのダチなんだぜ。
 誇らしげに思いながら、オレはアテムを見つめた。アテムは堂々と入学の辞なんてのを述べていた。
 それにしても、やっぱちょっと似てるよな。
 アテムと、さっきの女の子。
 どこか厳しい雰囲気もあるアテムとはちがう、ぽやぽやした春めいた雰囲気の子。
 もしかしたら親戚かなぁ。
 あとで聞いてみるかな。
 そういや妹がいるって聞いてたけど、女子校行ってるってあいつ言ってたよな。
 そのあたりには間違いがないはずだ。アテムは双子で、妹がひとりいる。
 なんで知っているかというと、あいつがいつも妹自慢をするからだ。
 自分から積極的に話すことはあまりないんだが、ほらよくクラスの男子とかでさ、どの女がいいって話をすんだろ?
 そう言うとき、アテムのやつは必ず「妹みたいな子」がいいというのだ。
 オレとテレビで水着の女見てるときでも、クラスで女子の品定めしてるときでも、修学旅行のときでも、いつもかならずこう言うのだ。
「胸の大きな女も、スタイルのいい女もいいかもしれない。顔のいい女も、あたまのいい女もいいだろう。料理のできる女も、清楚な女もいいかもしれない。だが、やはりオレの妹が一番だ」と。
 誇らしげに。
 もちろんアテムは仲の良いやつらからシスコン扱いされていたし、そんなにカワイイならぜひその妹を連れてこい、見せてみろと問いつめられた。だが、あいつは「狼の目の前で食事をとるような真似はできないぜ!」と言って頑なに拒否をしていた。「オレの目に叶った男じゃなければ、付き合う以前に会わせることも許さないぜ!」と。やけに張りきった言い方だった。オレもシスコンだが、アテムのヤツは本当にシスコンなのだと思った。
 だって、オレにも写真さえ見せてくれなかったんだぜ?
 まあ妹の写真を常日頃から持ち歩いていて、すぐさまさっと出せる状況にあったりするのも、ちょっと怖いかもしれないが。
 それにしても、あの子大丈夫かな。
 オレが突き飛ばしてしまった彼女は、校門のところで立ってた先生に言って、保健室に連れていってもらった。式が終わったら保健室行ける時間あるかな。そういやあの子、何組なんだろ。名前もまだ知らない。あのでっかい目と、ちっちゃい身体。女の子ってなんであんなに華奢なんだろう。
 怪我の跡が残らないといいな。あんなすんなりした白くて細い足に傷をつけてしまったかと思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
 あんな小さい子に怪我させちゃうなんて。情けない。
 口の中に彼女の血の味が蘇ってきて、オレは顔が赤くなった。ついっとスカートの裾をもちあげたときの仕草が脳裏に浮かんだ。女の子の足を舐めるなんて、まずかったかな。もしかしてセクハラかな。自分で怪我してると舐めて治すから。つい。反射的に。
 ほっそりしてるのに、やわらかそうな足だった。オレの腕よりほそいんじゃないのかな。白いけど、なまっちろい感じじゃなくて、出来たてみたいな感じがした。脂肪もなくて、筋肉もあんまりなくて、女のむっちりした足じゃなくて、子供っぽい足。
 あの白い足につーっと赤い血が垂れてたのが、すごく妙に印象に残ってる。
 なんだかエロティックというか。その。
 ああ、やべぇ。ヘンなこと考えそう。
 オレは頭をぶんぶんと振った。回りのやつが妙な目でオレをみていた。



「城之内くんと同じクラスになれて本当によかったぜ!」
 廊下を歩きながら、アテムはうれしそうに言った。このあとは教室で説明を受けて、それで今日は終わりのはずだった。オレもアテムと一緒のクラスでうれしいし、お前が嬉しそうなのはいいんだけどさ。
「保健室によりたいんだけど、時間ないかな」
「初日からサボタージュはさすがにまずいぜ、城之内くん」
「いや、さぼりじゃなくってさ……」
「早く行こうぜ、城之内くん!」
 アテムがオレの腕をひっぱる。まあ、たしかに最初のHRから遅刻はまずいよな。
 終わったあとで、彼女に会いに行けばいいかな。それともすでに自分の教室に行ってしまっただろうか。名前ぐらい聞いておけばよかった。あのときそんな余裕はなかったけどさ。
 1−Bの教室に入り、自分の座席を探した。教室は知ってるやつが半分、知らないヤツが半分の割合で占められていた。顔見知りに挨拶しながら、自分の席に戻る。アテムのやつはどこかなとキョロキョロとあたりを見回していると、窓側の方から怒号が聞こえた。
「これは一体どういうことなんだ、相棒!」
 アテムが怒るなんて、珍しい。そもそも、誰相手に怒ってるんだ? 相棒って誰だ?
 疑問符を頭に大量にくっつけながらそっちを見ると、アテムは前の席に座っている小さな女の子をきっと睨みつけていた。
 あの子だ!
 まちがいない。オレがぶつかった子だった。
「どうしてここに居るんだ!」
「どうしてって、入学したからだよ」
 女の子は座ったまま、ちいさな顔をあげてアテムを見つめた。意外なことに、冷静な声だった。アテムが怒るとえらく迫力あるんだが。あいつは滅多に怒らないが、怒るとその辺の男なんて腰ぬかすぐらいマジ怖い。そして今のアテムは本気モードだった。
 彼女のそばには、ちょっと背が高めで、黒髪を肩で切りそろえた女の子(けっこう美人)が立っていたけど、びっくりしてアテムのほうを見つめている。
 教室の人間全員がアテムたちに視線を集中させていた。
「オレは聞いてないぞ! 黒薔薇女学園に通うはずだっただろう!」
「こっちのほうが偏差値いいもん。それに、じいちゃんの許可はもらってるし」
 アテムはチッといまいましそうに舌打ちをして、じいちゃんは相棒に甘すぎるんだとか、こんなに男がいるところに置いておけるかとか、ぶつぶつ言い始めた。
「今からでもいい。元の学校に戻れ!」
「無理」
「オレが手続きをしてやる」
「いやだよ。どうしてそこまで、もう一人のボクに指示されなきゃならないのさ」
「オレはお前のためを思って言ってるんだぜ、相棒!」
「ボクのためを思うんだったら、静かにして席に座ってよ。先生がもう来てらっしゃるよ」
 彼女が示した通り、教室のドアのところにはもう担任の教師が立っていて、呆れたように中の騒動を見つめていた。