ボクだって、恋をしてみたいなと思ったことはある。
恋人が欲しいなとは思ったことはある。
でも、きっとそんなのはずっと先のことだと思ってたんだ。
大人になって、自立して、いろんなことが自分でできるようになって、それからのことだって思ってたんだ。
それなのに、まさか告白されるだなんて。
そんなことが自分に起きるだなんて。
どうしたらいいのか、さっぱりわからない。
*
具合が悪いって嘘をついて、ボクは学校を休んだ。
もちろん仮病だ。
本当に病気だったら、きっとアテムがそばについていてくれるだろう。こういうところ、ボクはちょっと甘え気味だと思う。
アテムは今日はボクに見送られて、学校に車で出かけていった。「授業のノートは完璧にとってくるから安心しろ、相棒」なんていいながら。
でも君のノートをみても、あんまり授業の内容はわかんないと思うな。
ボク、頭悪いし。君のノートって独創的だし。
今日は学校でプール開きがあるのだ。男としての発育が誇れないボクだって、さすがに女物の水着は着たくない。いくらなんでもばれるだろう。前の学校にはプールが無かったから問題なかったんだけど。
でも毎回、具合が悪いで休むわけにもいかないよな。
ボクは、ため息をついた。この間、ゲームセンターでとってきたクリボーのぬいぐるみを抱きしめながら、自分の部屋のベッドの上でごろごろ転がった。
ふかふかのぬいぐるみに頬をよせる。肌触りがきもちよくて、すこし癒された。
ホントは、プールのせいで休むわけじゃない。
体育のときだけ、具合がわるいとか、女の子の特権使うとか(ボクにはないけどさ)、そういうことだってできたはずだ。
だって、会いたくなかったんだ。
城之内くんに。
*
先月の学校での旅行のとき、ボクは城之内くんに告白された。
びっくりした。
意識してなかったと言ったら嘘になる。ボクは城之内くんが好きだった。だって、背が高くて、明るくて、ハンサムで、かっこよくて、運動神経よくって、喧嘩が強くて、ボクのことなんか平気でだっこして走れるのだ。最初に会ったときから惹かれてたと思う。
でも、それは友だちとしてだと思ってたんだ。
憧れ――みたいなもの。
そう、ボクにとっては城之内くんは憧れのひとなのだ。男らしくて、苦労してるのに、そういうところ全然みせないで、明るく笑って見せるところとか。あの気むずかし屋のアテムの友人になったところとか。
アテムから話を聞いていたときから、ずっと憧れてた。うらやましかった。
ボクは、城之内くんみたいな男の子になりたかったんだと思う。
だから、城之内くんと話をするのが楽しかった。一緒にいると、わけもなく心がうきうきした。顔を見ただけでうれしくなった。城之内くんも楽しそうに見えた。
アテムみたいに、友だちになりたかったんだ。城之内くんと。
でも、告白された。
そして、断った。
断らざるを得なかった。
だって、ボクは男の子だ。
女の子じゃないんだ。
城之内くんと付き合うなんて、できるわけないじゃないか!
「なんでうちには、こんな変な風習があるんだろう……」
天井をみつめながら、今更ぼやいてみても状況は変わらない。だいたいこの家に生まれてこなかったら、城之内くんと出会うことだってなかっただろう。そういうことを考えるのは、ボクは好きじゃない。
だけど、本当のことを話すわけになんていかない。ボクが本当は男の子だってことは家訓だし秘密だ。それに家訓じゃなくても言えるわけがない。
だって男だよ。
それなのに女の子の振りして生活してるんだよ。
女装してる変態だって思われるよ。
まちがいないよ。
城之内くんだけじゃない。仲よくなった本田くんや、御伽くん、ミホちゃん、それに杏子。みんなを騙してるんだ。
もしボクが本当に女装が好きでやってるんだったら、信念みたいなものがあれば、まだマシだ。でもボクは家訓だからしょうがないって言い訳を理由にして、それにろくに抗いもしてないチビで、弱虫で、意気地無しのどうしょうもないやつだ。
みんながこの事実を知ったらどう思うだろう。
変態で嘘つきって思われる。
みんな、ボクのことを嫌いになるだろう。
「どうしてボクは女の子じゃないんだろう」
そんな言葉がつい口を出てしまって、ボクは顔をぬいぐるみに埋めた。
情けなくて涙がでそうだ。
バカじゃないのか、ボクは。
女の子になりたいわけでもないのに。
そうだ、ボクは城之内くんに嫌われたくないんだ。
嫌われたくなかったんだ。
*
でも嫌われるに決まってる。
城之内くんはとてもいいひとだから、あんなことがあったあとでも、話はしてくれる。笑ってくれる。でも、たまに辛そうな顔をして、ふっと向こうを向いてしまう。
あんなに城之内くんと一緒に居るのがたのしかったのに、顔を見るだけでうれしかったのに、今はつらい。
彼を傷つけたこと、嘘をついてることが、つらい。
けど、どうしようもない。
付き合うなんて無理だ。
そりゃ……プラトニックなおつき合いだけだったら問題ないかもしれない。男だってばれなければいいのかもしれない。
でも、やっぱりそれだって城之内くんを騙してることになるんだ。どんな罰ゲームだよ、それ。つきあった子が、じつは男でしたなんて。人生の汚点だよ。ありえないよ。
城之内くんはいったいボクなんかの、どこを好きになったんだろう。
女の子っぽくなんかぜんぜんないのに。杏子やミホちゃんみたいに、かわいい子のそばにいればわかる。杏子なんて、胸がおっきくて、きゅっとウェストと足首がしまってて、そばによるといい匂いがする。髪もさらさらして、きれいだ。
ボクは髪なんてなんて形容すればいいのかわからないほどツンツンだし、あたりまえだけどスタイルなんかよくないし、顔だってどうひいき目にみても良くない。
かわいいって言われるけど、そんなのただ小さくて子供っぽいからだってこともよく知ってる。なんで双子のくせにアテムはハンサムだって言われるんだろ。目つきかなー。きりっとして、男らしい。ボクなんて、ただでっかいだけだ。
ボクが男の子だったら。男の子として育っていたら。アテムみたいに友だちになれただろうか。恋人とかそういうの関係なしに、遊んで、笑って、肩を組んで、友だちで居られただろうか。
ボクは激しく頭を振った。
バカみたいだ、ボクは。
いまさらどうするんだよ。
終わったことじゃないか。
全部、もう終わったことじゃないか。
窓の外は真っ青でとてつもなくいい天気なのに、ボクの心はまっくらだった。