「ちょっと外まわってこようぜ」
 遊戯がこくんとうなずく。一緒にならぶと、風呂上がりらしくて、いい匂いがした。やわらかな頬も薔薇色に染まっている。オレの心臓がバクバクとうなっていた。
 宿舎の外は、もう暗かった。ロビーから出て、外をぷらぷら歩く。まだ消灯時間前だからか、先生たちも監視がゆるい。オレたちと御同様なことを考えているやつらは多いらしく、よさげなスポットはたいてい男女二人連れの先客がいた。
 それを見た遊戯は、上気したような赤い頬をして、すごいねぇとつぶやいた。
「すごいって、何が?」
「ボク、女子校だったからさ、こういうの新鮮」
 すごいねー、ホントに告白とかするんだねーって、あの、今からオレもするつもりなんですけど。この状況で、男が女の子呼びだしたらすることなんて決まってると思うんですけど。もしかして、オレって意識されてない?
 オレは頭を振った。いや、意識されてなくても、別に嫌われてはいないはずだ。好意……ぐらいはあるはずだ。たぶん。きっと。
「遊戯だって、好きだって言ってくれるひといるぜ」
「ないよー」遊戯はかろやかに笑って返した。「モテるわけないもん。ボクぜんぜん女の子らしくないしさ」
「そうか?」
 遊戯はこくんと肯いた。
「胸ないし、小さいし、美人じゃないし、女の子だったらボクとか言うのちょっとヘンだし」
「んなことねぇよ」
 胸のちいさな膨らみがジャージを通してもわかる。あの下がぺったんこなのも知ってるけど、オレは気にしないし、女の子の背なんて小さい方がいいし、ボクっていうのも似合ってる。そのまんまで、いい。そのままでカワイイし、モテてる。
 少なくとも一人にはモテてる。
 遊戯はオレの気持ちなんて知らないまま、話を続けた。
「ボクが男の子だったら、美人でスタイルよくって運動神経よくって、明るい子がいいなぁ」
「ずいぶん条件キビシイな」
「そうかなー」遊戯は首をひねった。「でも、杏子なんてそうだと思わない? あと、ミホちゃんも結構」
 でも杏子はキツイし、美人でも野坂みたいなうるさいのは勘弁だぜ。オレはお前のほうがぜんぜんいいんだけど。ここで、さらりとそんな風に言えるんだったらかっこいいのに、言葉がうまくでてこない。
「遊戯がいいってヤツだっているぜ」
 遊戯は顔をトマトみたいに赤らめた。ありがとう、城之内くんってちいさな声で呟く。そういうひとが出来たらいいなって。いるよ、隣に。無性に手をつなぎたくなったんだけど、まだ周りに人が居たので、差し出せない。代わりに、遊戯をうながした。
「もちっと、歩こうか」
「うん」
 歩くといっても、門を越えて外には行けないので、宿舎の回りの庭っぽいところを散策した。はずれの方にくると、さすがに人気はなかった。庭というより、草や木がぼうぼうと茂っていて藪という方が正解だった。
 遊戯は、星がすごいねーと言って夜空を仰ぎ見ている。たしかに、回りに灯りがなくて暗いせいか、ずいぶんたくさんの星が見えた。新聞配達で夜中にでかけるけど、上を向いて空を見ることなんてないから、ちょっと新鮮だった。
「きれいだよね」
 オレの方をみて、にこっと笑う。オレもフッと笑って返す。
「遊戯のほうが、きれいだぜ」
 遊戯はあははと笑った。ジャージの袖を伸ばしながら言う。
「もう、城之内くんって冗談うまいよね」
 いや、本気なんだけど。けっこうかっこつけて言ったつもりなんだけど。
 やっぱニヒルってのがダメだったのかな。オレに合ってないのかもしれん。もちっと渋い男だったら似合うのかもしれないけど。
「城之内くん、星座ってわかる?」
「北斗七星ぐらいかなー」
「ボクも、それぐらいしかわかんないや」
 北極星あれかなーって夜空を指さしてる姿は、やっぱりかわいい。ちっちゃくて、やわらかそうで、ぎゅっと抱きしめたくなる。そう思うと胸が苦しいのに、じんわり甘いみたいな気持ちになる。泣きたいような嬉しいような、妙な気分だ。いや、そんな気持ちで悶々とするのは、もう止めるのだ。オレも男だ。はっきりとするのだ。告げるのだ。
 好きだと。付き合ってくれと。
 そう思っているのに、心を決めてきたはずなのに、どうしてもその一言が言い出せない。
 いや、言えないじゃない。
 言うんだ。
「くしゅん!」
 遊戯がクシャミをしてた。小さくうなりながら、ジャージを着た手を擦り合わせる。
「わりぃ、寒かったか?」
「ううん、ちょっと冷えただけ」
 たしかにこの辺りは童実野町にくらべると気温が低い。富士山の麓だもんな。おまけに夜だし。オレはジャージを脱いで、遊戯の肩にかけてやった。
「いいよ。城之内くんが寒いでしょ?」
「いや、オレ、元気だけが取り柄だから」
「でも……」
 遊戯は口元に手をやって、じっとこちらを見上げていた。
「気にすんなって」
 身体が丈夫なのはホントだし、遊戯に風邪なんかひかれたら困る。アテムに顔向けできなくなってしまう。
 遊戯は「ありがとう」と言うとそっとジャージの前を合わせた。「でも、寒くなってきたし、このままじゃ城之内くん風邪ひいちゃうよね。そろそろ戻ろうか」
 いや、戻られては困る。
 オレは「ちょ、ちょ、ちょっと待った!」と大あわてで、来た道を引き返そうとする遊戯のちいさな肩をつかんだ。
「城之内くん?」
 いぶかしげに、オレを見る。オレはすこし屈んで、遊戯と目線をあわせた。
「い、言いたいことがあるんだ」
 声が震える。心臓がドクドク高鳴っている。
 遊戯はオレの言葉を待っている。
「オレ、遊戯のことが、好きなんだ」
 酸欠状態の魚みたいに息継ぎしながらそう言った。
 遊戯は目を大きく見開いた。びっくりした表情のまま、オレを見つめている。
「付き合って……くれないか」
 なんとか絞り出すように、それだけ言った。
 もっと気の利いたこと言おうと思って、いろいろ考えてたのに、でてこなかった。ラブレターのときと同じで、結局のところはそれしか言えないのだ。
 全身から汗をだらだらと流していた。夜風のつめたさなんて感じなかった。それどころか熱かった。熱くてたまらなかった。心臓がうるさかった。胃がギリギリと痛んだ。生まれてこの方こんなに緊張したこともなかった。学校の編入時のときの面接だってこんなに緊張してなかった。
 オレは遊戯の返答を待った。
 処刑台の前の罪人が執行人の仕草を見つめるように、一つも逃さないような気持ちで、遊戯の次の行動をうかがった。
 遊戯は、何度か苦しそうに喘いだ。手を擦り合わせ、目を閉じ、祈るような形をとった。
 オレはそれをじっと見ていた。
「ボクたち……、友だち同士じゃダメかなぁ」
 大きな瞳に涙をためながら、遊戯はそう言った。
 
 涙がきらきらして、星みたいだとオレは思った。