キャンプつっても、別に山の中を行軍してテントをはったりするわけではなく、本栖湖が見える山の中の宿舎みたいなとこに泊まるのだ。毎年同じところらしく、部活の合宿でも使われてるそうで、野球部や柔道部のやつらが、またここかよーと文句を言っていたのだが、オレとしては旅行というだけでウキウキ気分だったりする。
ウキウキどころか、ドキドキなんだが。
だって、遊戯が一緒なんだぜ。
「城之内くん、こっちだよー!」
1Fのロビーで手をふっているジャージ姿になった遊戯は、やっぱりかわいかった。
*
いざ告白しよう!と思っても、なかなかきっかけが掴めなかった。
なにせオレは女の子と付き合った経験がない。
よく女子にモテている御伽に相談しようかとも思ったんだが、やっぱり、その、言いづらくねぇ? それに御伽みたいなスマートな語り口で女をときめかせるなんて芸当が、オレにできるわけがない。
本田は……本田が女の子と付き合ってるって聞いたことないしなぁ。
オレは授業中に、目的遂行のための手段をノートに書き出してみた。
まず、ふたりっきりになる。
これが難しい。
休み時間は真崎や野坂といった女の子同士で話していることがほとんどだ。オレとも話をしないわけじゃないけど、必ずその場にはアテムがいる。
下校時刻になったら言うまでもない。
登校中はどうだ?
朝、すがすがしい光の中で告白する。
これは悪くないかも知れない。
先日下着を買ってからは、アテムのお許しもでたみたいで、ふたたび電車通学を始めている。しかし、このところ3回に1回は、アテムも一緒についてくるのだ。半分眠りながら。相棒……あいぼう……とぶつぶついいながら、遊戯に肩をささえられ、よたよたと歩いてくるさまは、最終電車に乗り遅れる酔っぱらいのようだった。そこまで眠いなら、車で来いよ。
でもまあ、いない日もあるんだし。
気合いを入れて告白しようと思ったのだが、どうしても緊張してしまって、なかなか言葉がでてこない。「好きだ」の一言がでてこない。緊張しすぎて、右手と右足を同時に出して、遊戯に具合がわるいんじゃないの?って心配されるし。
おまけに、よく考えれば部活で早朝練習にくるやつも居るのだった。たいていのやつらは部室へ直行するのだが、たまに教室に寄っていくのもいる。うちの学校は、スポーツ特待生なんてのはいないわりには、部活動がけっこう盛んなのだ。体育会系も、文化系もどっちも気合いが入ってる。一貫教育だからかもしんない。
それはさておいて、まあ、あれだな。
まず伝えたい内容をきちんと考えるべきだな。
その場で、すらすら言葉なんて出てこないんだから。
短く、的確に、オレの想いを伝えればいいわけだ。
うん。
そう思って、ノートにちょっと書いてみる。
うおう、これってもしかしてラブレターというやつか?
そうだな口で言うのがダメなら手紙って手もあるよな。古典的だが悪くない手だろう。ここはいっちょ、読んだだけで思わず恋に落ちてしまいそうな名文を書いてやろう。
そう思ったのだが。
「好きです。付き合ってください」
……我ながら、ちょっと単純すぎないか?
しかし他に思いつかない。
オレがこの手紙をもらって、OKするだろうか?
遊戯相手ならもちろん二つ返事で了承するが、たとえば真崎とか、野坂とか、よく話をするし、好意もあるけど、そこまで考えたことがなかった相手からもらったとする。
『好きなの、付き合ってくれないかな』
……悩むよな。
冗談かと思うかもしれない。
野坂から言われたら、周りを見回すな。ぜったい騙しだと思うもんな。オレがOKしたら1000円ゲットとか、そういう感じするもんな。
いや、遊戯がそういう風に考えるとは思わないけどさ。
もちっと、このオレの気持ちをストレートにぶつけるような文章を書くべきだよな。
本気なんだ。
マジで好きなんだ。
抱きしめたいし、キスしたいし、それ以上もしたいんだ。
いや、毎日ナニしてるなんて書くべきではないが。
*
毎日、授業中に悩んでいたのだが、なかなか文面が思いつかない。
「愛してるぜ、遊戯。お前をハートごと抱きしめたい」
「君が宇宙一好きなんだ」
「かわいい遊戯、オレのソウルはお前にイチコロさ」
アホか。
だめだ。
徹底的にだめだ。
なんでろくな文面を思いつかないんだ、オレは。
うーんうーんと置きっぱなしにしている国語辞書を開きながら頭をひねっていたら、そんなにわからないのなら、放課後に特別授業してやるぞと先生に言われる始末だった。もちろん丁重にお断りした。
そんなオレの様子をみて、本田と御伽が何か役に立てることがあれば相談にのるぜ?と言ってくれた。
どうしようか。
言うのは恥ずかしい。
しかし、オレ一人で考えていてもこれ以上ろくな案がだせそうにない。
それに厚情に甘えるのもわるくない気がした。
どうもオレは他人の好意に弱いのだ。
*
てなわけでその日の放課後、人気のなくなった教室で、オレはふたりに相談をした。
遊戯が好きなんだ。どう告白すればいい――と。
言った途端、「はぁん、なるほどね」と、御伽がしたり顔でうなずいた。
なんだよ、御伽。気が付いてたのかよ。口を尖らせてたずねると、そんなのとっくの昔に気が付いてたよって返された。なんでわかんだよ、誰にも言ってなかったのに。
「でも城之内くんがロリータ・コンプレックスだとは思わなかったなぁ」
「ど、どうしてオレがロリコンなんだよ! 遊戯とは同い年じゃねぇか!」
しらっとした顔で、御伽が答える。
「だって胸もぺったんこだし、小さいし、小学生みたいじゃないか?」
「べ、べつに胸なんて小さくても……」
遊戯のピンク色の乳首のことが頭に浮かんできて、ぼっと顔が熱くなった。ああなんですぐ思い出しちゃうんだろう。この連想、いい加減どうにかしないと。
「それにオレは胸のサイズで惚れたわけじゃないし」
「性格?」と御伽。
「いろいろだよ。いろいろ!」
理由なんてわかるか。ちっちゃくて、かわいくて、桜の花びらが似合って、白くて、やわらかくって、オレのこと呼んでくれる声が好きで、笑い顔が好きで、そういうの全部だよ。
「でもよ、遊戯ってアテムの妹だぜ」
本田はやけに低めのドスのきいた声でそう言った。なぜかガンをとばしてくる。
「んなの、知ってるよ。知らなかったらヤバイだろ!」
「そういう問題じゃねぇっつーの。あのシスコン相手にマジで妹と付き合いたいって言えるのかよ」
「そりゃ……」オレはちょっと言いよどんだが、すぐにこう返した。「言えるよ。オレが付き合いたいのはアテムじゃねぇよ。遊戯がOKしてくれたら、オレ言うよ。言える」
「本気なのかよ?」
本田がオレをじっと睨んだ。
「本気だぜ」
オレもおうよと気合いを入れて答えた。
「そうかよ!」
しかし本田はそう言い捨てると、足音をあらくたてながら教室を出て行ってしまった。ピシャンというドアが閉まる音が教室にひびいた。
「なんだよ、あいつ」
なんで、そんなに怒るんだよ。わけわかんねぇ。まさかと思うけど、あいつも遊戯のこと狙ってたんじゃねぇだろうな?
「ちがうと思うよ」
御伽が苦笑した。
じゃあ、なんでだよ。
本田も好きな奴いるのだろうか。そうたずねると、御伽は外人みたいに肩をすくめた。
「恋って難しいよね」
「なによ、それ」
御伽はたまにわけのわからないことを言う。
そうこうするうちに、あっという間にキャンプの日がやってきた。
*
「ボクとしては、洞爺湖なんかがよかったな。北海道の」
バスの中、後ろにいた御伽の声が聞こえてくる。えい、北海道だと。この小金持ちめ。オレなんて北海道つったらポテトチップスぐらいしか縁がねぇぞ。
しかし御伽には感謝している。
告白するなら、この旅行中がいいんじゃないかと提案してくれたのだ。
計画はばっちり練ってある。
夜、メシをくってから消灯までの自由時間が勝負だ。それまでに遊戯に前もって、あとで会いたいって手紙を渡す。そして晴れてふたりっきりになったら、本栖湖湖畔のうつくしい夜空なんてみながら、好きなんだってロマンチックに告白するのだ。
どうせこの自由時間は、アテムも告白タイムで忙しいはずだ。
申し込まれると、きっちり断らないと気が済まないタイプだからな。手紙ならともかく、面と向かって申し込まれたら、ちゃんとその場で断るのだ。こういうのも義理堅いというんだろうか。中学からのあがり組は、そのことをよく知っている。
イベントのたびに、アテムはよく告られていたものだ。
誰とも付き合う気はないって言ってるのに、どうして申し込んでくるんだろう。アテムは不思議そうに言っていたし、オレにもよくわからなかったが、御伽がいうには、女の子たちは想い出作りがしたいんだそうだ。
「アテム君は誰とも付き合わないから、告白するんだよ」
「なんで」
「憬れのひとに告白するのって素敵なイベントじゃない」
アイドルに告白するようなもんだよと説明してくれた。そう言われると、わからなくもない。シスコン王でも、うちのクラス以外にはそれほど知られていないだろうしな。