「タオルでしょ、下着でしょ、寝間着はジャージでいいでしょ。トランプ持っていこうかなぁ……。あ、そうだ!お菓子も持って行かないと。
 オレの相棒こと最愛の「妹」こと武藤 遊戯は今、自分の部屋で、うきうきと、とても楽しそうにカバンに荷物を詰めている。オレはじっと絨毯敷きの床に体育座りになって、その様をながめていた。
 相棒の部屋は、オレの部屋ほど広くなくて、姿をさがすのに苦労しないのはいいことだと思う。でもどうせならオレと同じ部屋で暮らせばいいと思うんだ。スペースはいくらでもあるんだし。それだと示しがつきませんからと、マハードたちが口うるさく言うから我慢している。実際しょうがないらしいのだ。オレと遊戯の仲がいいのも親戚連中には眉をひそめられる行為なんだそうだから。ほっとけ。兄妹の仲が良くてなにが問題なんだ。家内安全兄妹円満でいいじゃないか。
 それにしても、なんで、あんなにうれしそうなんだろう。
「はぁ」
 オレはふかい溜息をついた。
 オレだって友人たちと一緒に旅行に行くのは楽しみなのだ。明日から一泊二日で行われるキャンプは、一年生同士の交友を深めるために行くもので、富士五湖のひとつ本栖湖が目的地だ。御伽君たちはうちの学校って意外とこういうところ地味だよねとぼやいていたが、オレは悪くない選択だと思う。一泊しかできないから、寺社仏閣のある観光地やリゾートっぽいところに泊まっても意味がないし。城之内くんたちと一緒に、普段目にしない自然の中を歩いたりするのは楽しそうだ。城之内くんはオレの知らない遊び方をよく知っているからな。そういうところは見習いたいぜ。
「お風呂は1日だけだから、適当にごまかせばいいよね」
「教員用の個室の風呂を使わせてもらえることになってる」
「え、それ本当!」
「ああ。届けを出しておいたからな」
 担任におねだりしただけなんだが。だってまずいじゃないか。もし、まかりまちがって相棒の裸がのぞかれたりしたら。先日の痴漢騒ぎは運良く休み時間に入る前だったから、ほとんど見られることもなかったものの、あんなことが再び起きたら、オレは遊戯がなんといおうと童実野高校からは退学させるつもりでいる。
 遊戯がどれだけ怒っても構うものか。
 ……いや、少しは構うが。
 口をきいてくれなくなると困るが。
 相棒は「わー、よかった。やっぱりお風呂はいれるといいよねー」なんて言いながら、くるくる回って、オレに飛びついてくる。
「お、おい」
「ありがとう、アテム」
 ぎゅっとオレを抱きしめて、大きな目でじっと見すえてくる。
「ボクのために、わざわざお願いしてくれたんでしょ」
「別に、たいしたことじゃない」
 そっけなく言って返す。「なんで、そう意地をはるのかな」と遊戯がぼやくが、実際、こんなことぐらいはたいしたことじゃないと思うんだ。大切な相棒のことだぜ。何も苦労なんて思わないに決まってるだろ?
「でも、キミって優しくなったよね」
「オレは昔から相棒には優しいぜ」
「相手の気持ちを考えてくれるようになった」
「そうかな」
「昔は友だちいなかったじゃん」
「ああ」
 オレは次期当主として育てられてきたせいか、同じ年頃の友人を作ったことがなかった。そもそも相棒がいるしな。必要も感じてなかったんだ。城之内くんと出会うまで。
「ボクさ、アテムが城之内くんの話をするたびにいいなーって思ってたんだぜ」
「何を?」
「いろいろ」
 城之内くんと出会って、何がよかったなんてひとくちでは言えない。別に彼はオレに利益のあるような家の子息ではないし、目を見張るような才能もない。それでもオレは城之内くんが好きなのだ。城之内くんはオレのことを友人だと言ってくれるし、オレも素直にそう思う。そういう相手がいることは素敵なことだ。
 相棒にも、そういう相手がいればいいとは思う。
 そう思う反面、オレだけでいいじゃないかとも思う。
 だから相棒が杏子とどれだけ仲よくしても、本当のことを言えないでいるのが、実は嬉しかったりもするのだ。オレとしては友人関係に、性別なんて関係ないと思うんだがな。相棒がいますぐ生物学的にも女になったところで、オレの大切な相棒であることにはかわりはないぜ。
 まあ、それはいい。
 それよりもだ。
「オレとしては風呂より、その後のほうが心配なんだが」
「心配って?」
 小首をかしげて不思議そうな顔をする。別にボク女の子に手出したりしないぜーって、当然だろう。出されるのなら、ともかく。
「消灯までの、自由時間が心配なんだよ」
「みんなでゲームできたらいいなって思ってるけど。トランプだけじゃなくて、UNOも持っていったほうがいいかな」
 そう言って、オレの心をとろかすような天使の微笑みでにこっと笑う。ああ、相棒。お前の微笑みはコキュートスに落ちた罪人でさえ天界に導けるだろう。三千年も前に脳みそを鼻から掻き出されたミイラだって起きあがってダンスを踊るだろう。

 ああ、まったく。
 高校生になって初めての旅行だぜ?
 何が起きるかわかってるのか、相棒?



「やっぱり恋よね! 恋話よね! それでもって告白よね!」
 学校の校庭にずらりと並んだバスの前で、うちのクラスの野坂ミホがテンション高く叫んでいる。あいつは恋愛に生きてるみたいなことを言うし、実際惚れっぽいみたいなんだが、付き合ってる男を見たことは一度もない。そんなあいつでも、やっぱり高校生になったら欲しいのだろうか。
 恋人ってやつが。
 中学から高校にあがった。それだけのことなのに、やけにみんなうきうきと恋の話をしたがるのだ。学年があがりクラスがかわるだけでも同じようなことは起きたが、今回は規模が大きい。ああ、心配でしょうがない。オレはどうでもいい。女と付き合う気なんてこれっぽっちもないし。将来、適切な結婚相手を選んで伴侶とするまでは不要のものだ。だから申し込まれたら断ればいい。
 問題は。
「ねえねえ、遊戯クンは告白なんかされちゃったらどうするー?」
 野坂の奴!
「なにテンション高くなってんのよ、ミホってば」
 相棒の回りには、野坂と杏子がいた。
「だってだって、お風呂上がりの自由時間に呼びだされちゃったりして、ロマンチックな星のふるような夜の空の下で、ふたりっきりで『星がきれいだな、遊戯』『そ、そうだね城之内くん』『でももっと綺麗なものを知ってるぜ』『もっときれいなもの?』『それはお前さ、遊戯』なーんて言われちゃったらどうする?」
「な、な、なんでそこで城之内くんの名前が出てくるのさ!」
 そうだ相棒! 怒れ!
 だいたい城之内くんはそんな恋愛なんてものにうつつを抜かすようなヒマはないぜ! 彼はいまどき珍しい勤労苦学生なんだからな! 城之内くんはお前とちがってもっとピュアで純粋なんだぜ、野坂!
「ボクなんて胸もないし、チビだし、美人でもないし、モテるわけないじゃん。それだったら、ミホちゃんとか、杏子のほうが告白されるんじゃないの?」
「わたしは相手によるなー」
 野坂、お前というやつは。
「杏子はどう? もし告白されたら、どうする?」
「あ、あたしは……別に……」
「それとも、告白したい?」
「べ、べ、べ、べつに、そ、そんな、好きなひとなんて、べ、べ、べつに!」
 どうして杏子はあんなにあわてているんだろう。好きなやつがいないのは恥ずかしいことじゃないと思うんだがな。回りの風潮に流される必要なんてないぜ。恋愛より兄妹愛や、友情のほうが大切だとオレは思うぜ。恋人なんてすぐにくっついたり離れたりするもんだが、兄妹や友情はそうじゃないからな。
「アテム君。そろそろバスに乗らないと」
 御伽君の声だった。
「あいかわらず妹の尻おっかけてんのな」
「本田君。それはいくら本田君とはいえ聞き捨てならないな」
 相棒のそんな部分の名称を口に出すなんて、ちょっと許せないぜ。あとで本田君にすこしばかり注意をしよう。
「おーいアテムー、早くしろよー」
 顔をあげると、先にバスに乗りこんだ城之内くんが手を振ってオレたちを呼んでいた。