ショッピングセンターに着いたのはいいんだが、遊戯にばれないように何度も隠れながら後をつける様子は、完璧に不審者そのものだった。
 白とピンクできらきらとしてるランジェリーショップに入った時点で、近くの通路にあったベンチに座ることを提案する。ちょうど店から死角になって見えないが、こちらからは入り口が見えるところだった。
「あの店でナンパされることだけはないだろ」
 あんな女の園に入り込める男がいたら、お目に掛かりたい。
「そうだな」
 ふう……と盛大に溜息をついて、ベンチにどっかりと座り込む。疲れたらしい。オレもアテムの隣に座った。
「あのさ」
「なんだい、城之内くん」
「お前が、遊戯のことを大切にしてるのは、わかるんだけどさ」
「もちろんだ」
「遊戯が彼氏とか、作ったらダメなわけ?」
 アテムはオレをじっと見た。怒り出すのかと思ったがそうではなかった。しばらく黙ったあとで、ゆっくりと語り始める。
「相棒に、大切なひとができたら、オレは、それを受け入れたいと考えている」
 自分に言い聞かせるみたいな言い方だった。
「オレは相棒が大切なんだ」
「わかるよ」
「世界で一番大事なものなんだ」
「うん」
「オレはあいつと双子で生まれてきたのを感謝してる。世界で一番はじめてあいつに触れたのはオレで、それは天地がひっくり返っても変えることはできない。オレにとって相棒は一番近しいもので、相棒にとってもそれは同じだと思うんだ」
 すごいセリフだった。そうそう言える台詞じゃない。
 オレにも妹がいる。事情があって一緒に暮らすことはできないし、もう何年も会っていない。たまに手紙をやりとりする程度だ。それでも妹のことは大切だと思う。大事にしている。妹にできることならなんでもしてやりたいと思う。だけれど、妹にそこまで思われているのかは、自信がないんだ。怖いんだ。甘い予想を裏切られるのが。
 だから、なにも揺るがずにそう言えるアテムが、羨ましかった。
「縛り付けたいわけじゃないんだ」アテムはそう言った。「ただとても大切で、大切すぎて、どうすればいいのか、わからなくなるときがあるんだ」
「愛してるんだな」
 冗談でも冷やかしでもなく、真面目にそう言った。
「ああ、オレは相棒を愛してるぜ」
 アテムも真面目に答えた。
「でも恋じゃないだろ」
 アテムはしばらく答えなかった。
「オレは恋なんてよくわからないな。告白されたこともあるし、ラブレターをもらったこともある。そういう奴らはオレのことを好きだと言う。けれど、オレには彼らがオレの何が好きなのかさっぱりわからない」
「好きになるとわかるんじゃないのか」
「オレは城之内くんのことは好きだぜ」
 アテムの微笑みは太陽のようだった。そこには一片のかげりもなかった。その笑顔をみて、オレは決めなくちゃとおもった。
 遊戯に告白しよう。好きな子を、親友の妹を、オカズにしてるだけなんてダメすぎる。そんな情けない男のままでアテムと付き合うのはイヤだ。オレはアテムのことを大切な友人だと思っているのだ。
 遊戯のことを好きでいるのなら、アテムみたいに恥じないでいたい。
 好きだって、ちゃんと言いたい。
 そうだ、オレは遊戯が好きなんだ。いやらしいことをしたいって気持ちはあるし、ついそれにふけっちゃったりするけど、それだけじゃないんだ。かわいいんだ。わらってるところを見てるだけで幸せなんだ。うれしいんだ。
 オレもアテムみたいに大切だって言い切りたい。
 一番好きな子だって、誰にも恥じずに言ってみたい。
 告白して、もし遊戯にOKしてもらえたら、アテムに言おう。
 許してくれるかどうかわからないけど、アテムに認めてもらえるようになろう。
「オレもアテムのこと好きだぜ」
「ああ」
 当然だろうって顔で、アテムが返事をした。オレは本当にこいつのこういうところが好きなのだ。



 そのあと映画館に行ったんだけど、映画の内容なんておぼえてない。
 だって、隣に遊戯がいるのだ。
 至近距離でみる遊戯の私服姿はとんでもなくかわいかった。普段もかわいいんだが、白とピンクの私服はとても似合っていた。ふわふわのカーテンで覆われた胸は、ほんのりとだけどふくらんでいて、遊戯のブラジャーを想像し、その下にあるものを想像し、顔を赤くした。
 さっきあんな風に思ったばっかりなのに。
 オレって情けねぇ。
「ボク、キャラメルポップコーンって初めて食べた」
 遊戯は無邪気に笑っているというのに。なんだこのオレの煩悩は。払えるのなら、いますぐにでも寺に行って鐘を突きまくってきたい。
「城之内くんは、甘いの好きじゃなかった?」
 オレがだまってたら気になったのか、ちょっとのぞき込まれてそう聞かれた。至近距離にあるでっかい目にどきどきしながら、オレは首をぶんぶんと横にふった。
「い、いや好きだ。好きだぜ」
「ボクも好き」
 花みたいにわらう。こんな笑顔でオレのことが好きって言われたらどうしよう。想像したら、心臓がばくばくしてきてどうしようもなかった。ペットボトルのウーロン茶をごくごくと飲む。手が震えている。
 ああ、こんなんで告白なんてできるのだろうか。本当に。



 映画のあとは、みんなでお茶をすることになった。オレがつねに金欠とは言え、ジュースを飲むぐらいの金はある。おまけにここは庶民向けの店ばっかりだからな。
 野坂と話をして、1Fのフードコートに行くことにした。たこ焼きだのラーメンだのアイスだのハンバーガーだの、手軽な食いものの店がいろいろ並んでいて、好きなのを買ってきて食べるようになってるセルフサービスの店だ。
「こういうの遊戯クンたちには、珍しいでしょ?」
「うん!」
 遊戯がにこにこしながら返事をする。杏子は鯛焼きをたべたいけど、もっと食事っぽいものがいいかなと悩んでいる。それともアイスにしようかなって。甘いもんばっかりじゃねぇか。アテムはここにあるハンバーガー屋は注文する前に作ってあるんだぜ!としたり顔で説明した。オレたちとつるむようになってからだろうが、ファーストフードの店に行くようになったのなんてさ。
 先に席を確保してから、順番で買ってくることにした。
「オレ後でいいぜ」
 さっさと行って窓側の席を確保する。洒落ているとはいいがたいが、広くて明るくて清潔な店内だった。店の奥のほうで、ちいさな子供が嬉しそうにはしゃいでいる。まだ若い父親が、静かにしないとダメだろって捕まえて説教してた。しゅんとしてる子供を母親がなぐさめてる。オレは頬杖をつきながらそれを見ていた。いいよなぁ。そういうのって。
「城之内くん」
 遊戯だった。トレイを見るとハンバーガーを買ってきたらしい。アテムも一緒だった。ふたりで仲よくならんでオレの前の席に座る。
 こうやって並べてみると、お互いのおもむきはちがうものの対でつくられた人形のようにぴったりと合っていた。ひな人形のお内裏様みたいだ。
 ちょっとだけ胸が苦しくなった。疎外感なんて感じる必要ないのに。
「野坂たちは?」
「ミホちゃん、お好み焼きがたべたいんだって」
 なるほどたしかに真崎と一緒にお好み焼きの店の前に並んでる。列がちょっと出来ていて時間がかかりそうだ。オレはラーメンにでもすっかな。腹がふくれそうだし。
「んじゃ、買ってくるな」
「いってらっしゃい」
「待ってるぜ、城之内くん」
 そう声をかけられて苦笑した。
 なんでもないことなのに、そう言ってもらえてうれしかったのだ。
 オレって現金だよな。
 そんでもって、オレはこの二人がとても好きなんだなと思った。
「先に喰ってていいぜ」
 さっきふっとかすめた淋しさみたいなものは嘘みたいに消えていた。