お前とキスしてみてーなーって冗談めかして言ったら、となりに座っていた遊戯に「いいよ」って返答された。言葉につまった。飲んでた牛乳がむせた。
昼休み。屋上でふたりっきりなんて絶好のシチュエーション。空は青くて、衣替えも終わって、暑いけど明るい、青春まっただなかなんて情景の中で、オレは硬直状態だ。
遊戯はあのでっかい目で、じっとオレを見ている。遊戯の目は犬の目に似てると思う。まっすぐで、きれいなところとか。それなのに、こっち見てるのに何見てるかわかんないところとか。わかりそうで、わからない。
「冗談だよ、冗談」って、げほげほ咳き込みながら、笑ってごまかした。「マジにとるなよ、遊戯」って。
「そっか」と遊戯が笑った。「ごめんね」っていいながらオレの背中を撫でてくれる。大丈夫ってたずねながら。
ああ、オレの根性無し。意気地無し。
好きなら好きって言えばいいってのに。
だけど恐いのだ。恋愛なんて信じてないから。
どんなに好きになっても、そんなの一瞬だろって思う。うちの両親がいい見本だ。結婚したときは永遠の愛を誓っても、別れりゃそれまでだ。自分の腹を痛めて生んだ息子だって、ひさしぶりに会うと気まずい対象でしかないしさ。そんなもんだ。
静香はいいんだ。妹だから。嫌われようが憎まれようが、妹なのは変わらないし。でも友達とか仲間とかホントは恐い。嫌いになったら終わりじゃんか。離れたら無くなる。本気で一点の曇りもなく信じてるときもあるけど、そんなのまったく信じられないって思うときもある。ころころ考えが変わるのはオレが馬鹿だからなんだろうか。弱いからなんだろうか。
そんな風にぐだぐだ理由を連ねてみても、本当のところは恐いだけなんだ。
昔、女と付き合ったときにはそんなことは考えもしなかったし、他の奴が相手だったらここまで考えない。
世界で一番嫌われたくない。
「ごめんねタイプじゃないんだ」とか、「熱でもあるの城之内くん」とか、そんな風にかわされるのを想像しただけで死にそうになる。
恋愛なんて面倒くせぇ。オレの気持ちだけなら、どうとでもなるのに。
うつむきながら空の牛乳のパックをぎゅっと握りつぶすと、俺の前がふと陰った。
「城之内くん」
遊戯がオレの前に立っていた。片膝をついて、オレの顔をのぞき込む。そっと子供みたいな白い手がオレの前髪をかきあげた。オレは思わず顔をあげた。
やわらかい感触がした。
遊戯の唇が、オレの唇に重なっていた。
頭の中が白くなった。
「ボクね」遊戯がたちあがる。逆光で表情は見えない。「城之内くんのこと好きかもしんない」
くるりときびすを返して、遊戯は走り去ってしまった。オレは呆然としたまま、予鈴のチャイムが鳴るのを聞いていた。
出来上がる前です。