昔。ちょっと素行なんてものがよろしくなかったとき。
 たまり場になってた当時のダチの家にちょくちょく寝泊まりしてた。そういう時、オレが寝てる反対側で、セックスしてる野郎のケツなんてものをよく見せられた。なかよく穴兄弟になるのはごめんだったから参加はしなかったけど、別に止めもしなかった。相手の女が美人でおっぱいでかいときは、ちょっとムラムラ来たが、たいていの場合は「やってる野郎のケツは心底見たくないなぁ、キンタマぶらぶらしてんの見ると萎えるなぁ」と思ったもんだった。
 だってオレ、ホモじゃないし。
 その当時は、だから、そういう趣味が存在することが理解できなかった。別にそういう趣味なのはいいけど、オレは関係ないし……って、遠い国の出来事みたいに思ってた。
 それが今、目の前に。
 目前に。
 据え膳のように。
 嗚呼。
 遊戯とキスならしたことはある。
 あるけど。
 正直、もっとしたいけど。
 右隣に座っていた遊戯は、すっとオレに身体を寄せてきた。オレは硬直したまま、遊戯を見つめ返す。じっとオレを見上げている遊戯の目付きは、あんあん喘いでいるエロビデオのねーちゃんよりも色っぽいように見えた。
「だめかな」
 ごくりと自分が唾を飲み込む音がする。
 そんな馬鹿な。あのでっかい、子供っぽい遊戯の目が。
 やばくね、これって。
「ヘンかな」
 遊戯の顔が近づいてくる。目の前で、遊戯が唇を舐めた。ちろりとうごく舌の色に腰がずんとくる。噛みついてキスしたらどうなるんだろう。ああ、ほんとにちっちゃい唇してんな。キスしてぇ。舌つっこんで、口の中べろべろ舐め回して、頭の中酔っぱらてるみたいになっちまいてぇ。
「イヤかな」
 イヤじゃありませんけど、でも。
 でも、まずくありませんか?
 だってオレはホモじゃないし、お前もホモじゃないし、セックスはしたいけど、お前相手になんて考えたことがないとは言わないけど、よくオカズにしてるけど、でもやっぱり現実にオレ男相手にしたことねぇし、ケツに突っ込むってやり方よくわかんねぇし、濡らせばいいんだろうけど、そんだけで入るのかなんて知らないし、お前相手じゃ仲よくコスコスするだけで終われるか自信ないし、つーかお前のアレってちっちゃそうだし、見られて恥ずかしいとは思わないの。男なんだし、キスだけで我慢してたオレの純情わかってよ。
 というような考えで頭がぐるぐるする。
 オレの汗腺からは冷や汗がだらだらと出っぱなしだった。
「答えてくんないなら、しちゃうぜー?」
 しちゃうって、何を?
 無言のオレを問いつめているように聞こえるのは気のせいか。
 かちこちに硬直しているオレを無視して、遊戯はいたずらっぽく笑うと股間に手を伸ばしてきた。オレの安いそこらへんの店で適当に買った洗いざらしのジーンズ。デニムの布越しに触られただけで身体がびくんと震えた。ジッパーが音を立てる。ふぁ……と声にならない声をあげると、指先が下着の上をゆっくりと撫でた。お前、どこさわってんの。そんな子供みたいな、ちいさな手で。
 パンツ越しの遊戯の指の動きはつたなかった。上手かったら困る。他人のナニを擦った経験なんてないだろうし。あったら怖い。それなのに、無茶苦茶感じてしまう。すでに勃起して、がちがちになってる。遊戯は丹念に竿の部分を小さな手で擦り上げた。それだけなのにオレの先端からはとろとろと汁が溢れてきた。パンツがオレの先走りで滲む。いや、ちがう。これはさっきまでビデオをみて興奮していたせいであって。
 あっついね城之内くん……って、いつもより糖度120%増しみたいな甘い声でオレのことを呼ぶ。肩に左手をかけられて、ゆっくりと後ろに押し倒されそうに――。
「ちょ、ちょっと待った!」
 遊戯はきょとんとした顔で、オレを見た。
「なぜに、オレが押し倒されてるワケ?」
「問題あるかな?」
 小首をかしげて、かわいこぶんなよ。かわいいけど。あーもう。
「だって城之内くん、イヤじゃなかったでしょ?」
 あの、その受け身の態度でいたのは、パニック状態だったからだと思うんですが。
「するんだったら、オレがしてやるよ」
 つか、さわりたい。さわらして。
「いいよ!」
 なぜ、断る。
「オレなんかさわっても楽しくないだろ」
「たのしいよ!」
「遠慮すんなよ」
 オレは腹筋だけで起きあがると、皮のベルトを巻いたほそい両手首をにぎって、ほいっとひっくり返した。形勢逆転だ。遊戯はぱたぱたと身体をうごかしたが、さすがに体格差があるのでほとんど抵抗らしいもんにはならない。のしかかるようにして、耳元に唇をおとすと遊戯がひくんと震えた。耳たぶをゆっくり何度も噛み、ふっと息を吐く。ぴくぴくする遊戯の身体を押さえ込んだまま、あごのラインにそって舌をはわせ、唇を重ねようとしたところで、遊戯の表情に気がついた。
 オレの下で、遊戯は泣きそうな顔をしていた。
 オレはバカみたいな顔で、遊戯を見た。
「ずるいよ、城之内くん」
 遊戯はちいさな声で言った。
「なんで?」
「ボクがしようって言ったとき、何もいわなかった」遊戯は息をついた。「良いとも、悪いとも」
「ごめん」
 つい謝ってしまう。遊戯に泣かれるのは弱い。すっごい弱い。
「謝らなくていいけど」
 目元はまっ赤で、唇を噛みしめている。
「ボクは、すごい緊張してたんだぜ」
 肩がちいさく震えていた。でっかい目から涙があふれそうだ。堪えてるのか、ぱちぱちと瞬きをしている。その様が異様にかわいいと思ってしまうのは、なぜなんだろう。
「ボクは、城之内くんが、好きだよ」
 遊戯はしゃくりあげるようにひゅっと息を吸った。
「うん」
「好きだから、キスしたし、それ以上のことだってしてみたいよ」
「うん」
「だから訊いたのに」
「ごめん」
 オレは無性に遊戯の目元にキスしたくなった。唇を近付けて、一瞬ふれた。涙の味がした。