桜が咲いてるから、遊戯を誘おうと思った。
 バイト帰り。なんとなく夜桜でもみて帰ろうかと抜けていった公園は、ものすごい人混みだった。家族連れ。会社員同士。どっかの大学生のサークルなのか、おそろいのTシャツを着込んだやつらが肩くんで合唱してる。春休み中だもんな。
 酔っ払いのドラ声が響き、あちらこちらからたのしげな笑い声が聞こえる。桜みてるのかどうかわかんない状態だけど、春だよな。桜が満開宣言だもんな。浮かれるよな。
 まだ、それほど遅い時間じゃない。オレはそのまま遊戯の家に向かった。ちろっとさ、出てきて桜みるぐらい、いいじゃん。公園には屋台もいっぱいでてたし。たこ焼きとか、わたあめとか、そういうの好きそうだしな、あいつ。
 遊戯の部屋には電気がついてた。ほっとする。
 2階の窓めがけて、小石をなげてみる。
 コツンといい音がして、じりじり待つこと30秒。ガラリと窓が開いた。
「城之内くん?」
「出てこいよ!」
 手をあげてやると、ちょっと待っててというなり、顔を引っ込めた。1分かかんないで、どたどたと遊戯が降りてくる。玄関のドアが開く。
「どうしたの、今日は?」
 部屋着に少し厚めのパーカーを羽織って、突進してきた遊戯を捕まえる。抱き上げて、ぐるりと周りながら
「桜、みにいこーぜ」
 なんて言ってみた。オレもどっか浮かれてる。
 桜が咲いてるから仕方ない。



 遊戯が鼻をひくひくさせている。お好み焼きとか、粉モノ焼いてる匂いがこのあたり一面に充満してる。ダッダッダッという発電機の音。なんで屋台のくいもんて妙にうまそうに見えるんだろ。高いし、味だってそんなすっごいウマイわけじゃないのに。
「何、買おうかなー」
「夕飯済んでるんだろ?」
「でもさー、お好み焼きもたべたいし、たこやきもたべたいし、ケバブもいいなー、シャオピンておいしいかなー、アイスはどうしようかなー」
 まあ色気より、食い気だよな。
「1つか2つぐらいにしとけよ」
「うん」
 真剣に悩んでる。そういうとこも面白いのでじっと見てる。小動物っぽいよな。
 オレが通ってきたときより、人混みが増えてるような気がする。屋台の前だからかもしれない。はぐれんなよと言って、手をつないだ。やわらかい感触に、ちょっと照れてんのに遊戯はまったく気に留めてない。
「城之内くんって、広島風と関西風どっち好き?」
 ぶんぶん手をふりながら、たのしさ全開の笑顔で、オレにそんなこと聞いてくる。
「どっちも好き」
「もー!」
 ぽこぽこ腰のあたりを叩かれる。痛くないんだけど、むずがゆい。こうやって、遊戯とじゃれてるのは、すっげぇ楽しいんだけど、妙にちりちりするっていうか。イライラじゃない。照れるっていうか。なんだろ。言葉がでてこない。なにか奥底から吹き上がってくるみたいなのに、胸につまる。
 結局、遊戯はたこやき(6個入り)を買った。座る場所を探そうとしたけど、どうにも微妙だ。ベンチは当然ながら埋まってるし、シートとかないと地面つらいし。
「ねぇねぇ城之内くん。別に公園じゃなくてもいい?」
「いいけど。ウチ帰って食うのか?」
「ううん、穴場おしえてあげる」


 途中の自販機で飲み物を買って、ふたりでたらたら歩く。公園から離れて、ちょっと住宅地にはいると途端に人気が無くなった。それでも手を離しづらくて、なんとなく繋いでた。ぎゅっとじゃなくて、そっと、指の先をからませるだけみたいにして歩く。なんでかな、そのほうが照れる。さっきのじりじりした感覚が煮詰まって、熱くなる。
「ここ曲がるとすぐだよ」
 そう言って、遊戯が指さす先が白かった。暗いはずの空が白い。用水路なんだろうか、細い川の岸に桜がずらりと並んでて、暗い水面と夜空を白く染めている。
 一面、桜だ。
 白い、ちいさなひらひらとした花びらが、雨みたいに降ってくる。
「すごいな」
 ぽかんとした顔で上をみる。一本一本は、それほどでかい木でもないし、ごく普通のソメイヨシノ(でいいんだよな、よく見るやつは)だ。でも、量が多いのと、だれもいなくて静かで、暗い中に白くて、ほんのり薄く桃色がかっていて、きれいだった。
「住宅地だから、ここでお花見やるひとあんまりいないんだよね。大勢で座るとこないし」
 たしかに土手が急で、弁当ひろげて酒呑むのには向いて無さそうだ。そのまま川にどぼんと落ちそうだしな。立ち入り禁止ぽく網も張ってあるし。じゃあ、どこで食うのだろう。
「こっちこっち」
 キョロキョロしてるオレの腰の裾をひっつかんで、すたすた歩き出す。意外と強引よね、お前って。遊戯は川の水門なんだろうか、コンクリートの堰の前に行く。
「これ持ってて」
 たこやきの袋を渡される。素直に持つ。
 遊戯は、よっ!と声をかけて、両手で網にとびつくと、器用によじのぼって内側に入ってしまった。意外だ。まあ遊戯の頭より、ちょっと上ぐらいの高さだったというのもあるんだけど。
「やるなぁ」
「まあね」
 網の向こうで、誇らしげな顔をする。腰に手をあててこっちを見てる。ガキだなー、もう。オレはたこやきの袋を遊戯にパスして、自分も柵を乗り越えた。
「なに、むくれた顔してんの?」
「べっつに!」
 ちょっと背が高いからって、片手でひょいっと乗り越えるなよなー!なんて舌をだして言う。しょうがないじゃん。体格差は。
 コンクリートの堰の上は、メンテナンス用なんだろうか、ちいさな詰め所みたいのがあった。立ち番の警備が入るみたいな、ほとんど物置といった風情だ。遊戯は夜の闇のなか、躊躇せずに、するすると進んでいく。オレもあとに続いた。
「入れんの?」
 遊戯は首を振った。
「入れないけど、くぼんでるから、見つからないんだよね」
 言うなり、さっさとコンクリートの床に座り込む。オレも隣に座った。ちょっと冷えるので、ジャンパー脱いで、遊戯に座らせる。
「いいよ、別に」
「おまえ、足寒そうだしさ」
 膝までの短いパンツをはいてるせいで、膝小僧がまるみえだ。長い靴下を穿いてるけど、さらけ出された赤いひざが気になって、ちらちら見てしまう。その周りのちょっとだけ見えてる素膚が、夜目に白く見える。
 触れたい。唇をつけて、跡をのこしたい。ああ、いっそのこと食っちまいてぇ。
 そんな欲望が強烈にこみ上げてくるのは、単に腹が減ってるからなんだろうか。それとも別の理由があるんだろうか。
「たこやき、たべる?」
「たべる」
 とりあえず食おう。
 あーんと口をあけたら、しょーがないなと言いつつ放り込んでくれる。たこ焼きはまだ温かかった。食ったり飲んだりしつつ、夜桜をみる。あとからあとから舞い落ちる桜の花びらの量がすごい。夜空も、暗い川面もぎっしりと薄い白で埋めつくしていく。
 山の中でもないのに、静かで、住宅地だからひとがいっぱいいるはずなのに、外に出てるひとなんていないから、気配がなくて、川の、水音だけがして、オレと遊戯でふたりっきりだった。
 オレと遊戯だけしかいない世界みたいだった。
 このままで居たいと思った。
「去年はさ」
 遊戯が、ぽつりと呟いた。
「去年は、ひとりで見に来たんだ。昼間は、じーちゃんと見に来たけど」
「そっか」
 入学したばっかの頃だ。あの頃の遊戯は、杏子以外にしゃべる相手もあんまりいなくて、いつも一人でゲームやってたっけ。正直、暗いヤツだった。それなのに、ゲームやってるときは妙に楽しそうな顔してるのだ。ひとりで平気なのかと思ってた。それが、オレにはむかついたんだろうか。毎日のように、弄(いじ)って遊んでた。
 今では、よく思い出せない。
「城之内くんと一緒に見るなんて思わなかったな」
 オレは遊戯のちいさな肩に腕を回した。軽く引き寄せると、遊戯はそのまま体重を預けてくる。体温がつたわってくる。熱い。
「また、来年もこうやって見に来たいな」
 来年。
 来年、どうなってるんだろう。
 去年と今とだって、想像もつかないのに。代わり映えしない毎日だと思ってたのに。いつの間にか遊戯がダチになって、獏良が転校してきて、海馬のやつがDEATH-Tなんてやって、ペガサスの島に行って、もうひとりの遊戯を知って、静香の目の手術代を遊戯からもらって。
「なんか、すげぇな」
「何が?」
 遊戯がオレの顔を見上げる。
「いろいろ」
 ぎゅっと遊戯に抱きついた。しがみついた。すがりついた。
 一年。たった一年。桜がさいて、また咲くだけの間。それだけの間に、いろいろ知って、いろいろあった。また一年経ったら、どうなるんだろう。きっと変わる。何かがかわる。それは止めようのないことだ。それでも留めておきたいのだ。この腕のなかにずっと居てほしいのだ。いつも隣で笑っていてほしいのだ。オレもお前の隣に居たいのだ。

 桜の花が散っていく。
 消えてしまう。

「遊戯とおなじクラスになりてぇな」

 遊戯の頬に手をあてながら、オレはそう言った。遊戯は笑って目をつぶり、オレは唇を、遊戯の唇にあてた。
 たこ焼きの味がする。
 離れたあと、そう言って2人で笑った。ずっと笑っていたいと思った。

 桜が散るから仕方ない。

 
END.