いきなり「キスしていいか?」って城之内くんが言った。
ボクの家の玄関先で「いらっしゃい、どうしたの急に今日は?」って普通に挨拶したら返事がそれだった。休みの日の昼下がりだった。
ボクはゆっくりとまばたきをして城之内くんを見た。城之内くんはとても深刻な顔をしていた。反論する暇も、理由を聞く余裕もないぐらい真剣な目だった。冗談で言ってるのじゃないことだけは、すぐにわかった。
ボクはちいさな声で「いいよ」と言った。
腕をのばして城之内くんの首にかける。城之内くんは唇をおしつけたまま、ゆっくりと膝を折った。
玄関先で、いつママやじーちゃんが来るともわからないのに、ボクたちはキスをした。
ボクの学校に行くときの黒い鋲を打った靴や、ママのつっかけや、じいちゃんの健康サンダルなんかが置いてある場所で、城之内くんは膝をついている。ボクたちはキスをしている。
キスはそのまま深くならず、うすい唇の皮膚がふれあっているだけだった。
ボクは城之内くんの軋んだ髪をそっと撫でながら、その顔をじっとみつめていた。彼は目を閉じていた。至近距離でみるとふせた睫毛の色が茶色なのがよくわかった。
城之内くんは近くでみるとほんとに整った顔をしている。普段は表情が多くて、くるくると変わるから、あんまりそんな印象を与えないのだけれど。
ふれあった唇と背中に回された腕から体温がじんわりとつたわってきて、城之内くんは静かで、ボクはなんだか胸が痛くなった。
彼が何かに傷ついていることだけはわかった。でも、それだけだった。お父さんのことなんだろうか。それともまったく別のことなんだろうか。ボクにはわからないし、聞く気もなかった。そういうことは聞いちゃいけない気がした。必要があれば城之内くんは話してくれるだろう。
キスをして、こんなにそばにいるのに、ボクには他に何ができるんだろう。
ボクは城之内くんに、なにができるんだろう。
彼はボクにいろいろなものをくれた。
城之内くんとボクは正直なところ、相容れない存在だと思う。性格もちがう。考え方もちがう。生活環境もちがう。共通点といえば勉強が苦手なことぐらい。本当ならお互い関係なんてないままで終わっていたと思う。クラスが同じで、たまに何か言われたりして、卒業したら思い出しもしないで。
ボクはずっと友だちが欲しかった。ボクを裏切らないで、ボクが裏切らない友だち。それまで親友と呼べる存在なんていなかったのに、ずいぶんと贅沢な願いだ。それでもボクは本当にほしかった。千年パズルを組み立て終えるときを願うように、夢のように願っていた。叶うわけなんてないと思いながら、叶って欲しいと願ってた。
ほんの少しだけみせたボクの勇気に、キミはどれだけたくさんのものを返してくれたんだろう。
城之内くん。
好きだよ。
好きなんだよ。
ボクはバカだからどうやってキミを力づければいいのかわからない。気の利いた言葉もいえない。気晴らしのバカ騒ぎを一緒にやってあげることもできない。非力だから拳で語り合ったりもできない。
ボクになにができるんだろうって、いつも思う。
いつだって、わからない。
だから、せめてキスをする。
ボクは城之内くんをぎゅっと抱きしめて深く唇を押しつけた。舌先でつつくと戸惑うように震えた。あいた隙間からそれをすべりこませると、城之内くんの舌がすがりつくように応えてきた。
END.