嫌いだ。とても嫌いだ。子供のように小さいところが嫌いだ。何か楽しいことないかなっていつも言ってるみたいなでっかい瞳が嫌いだ。伏せたまぶたが嫌いだ。子供みたいに滑らかな肌が嫌いだ。素直なところが嫌いだ。やさしいところが嫌いだ。細い首がきらいだ。小さな手がきらいだ。
 お前だって何も持っていないはずなのに。
 何もできないはずなのに。
 もうひとりのお前がいなければ、無力なはずなのに。
 だからオレも、オレだって何もしなくていい。何もできないままでいい。生きながら腐っていき、父親同様の屑になって死んでしまえばいい。
 ふっと沸き上がってくるその想いは、お前にあえば嘘のようにかき消える。
 お前のそばにいれば、何もかもが手に入るような気がする。
 言葉を交わすと、心の底からとろけるような温かさが沸き上がってくる。
 すべてが輝くように見える。
 だから会いたいだけなんだ、遊戯。




 好きだ。とても好きだ。君の荒れた指先に、自分の指をからめるのが好きだ。君に触れるのが好きだ。子供みたいに飛びついてみるのも好きだ。君に抱きしめられるのも好きだ。君になら、ぐるぐるぶんまわされて子供扱いされたって気にしない。
 ボクはずっと親友がほしかった。自分が裏切らない友だちが欲しかった。そのひとがボクを嫌いでも憎んでも恨んでもかまわない。ただボクがずっと信じられる友だちが欲しかった。ボクのことを見てくれてるって心底思える、そんなひとがほしかった。なにがあろうと好きでいられるひとが欲しかった。
 すっごく傲慢だよね。
 君がボクの親友になったのなんて奇跡みたいだ。
 城之内くん。
 君の名前を呼ぶたびに、ボクがどんなにうれしいかわかるだろうか。




 何もないと思う。オレには何もないと思う。ろくでもない人生を送ってきたと思うし、これからも多分そうなのだろうと思う。オヤジはろくでもない男で、オレも似ている。あまり変わりはないのだ。誰だって子供のころは英雄になりたい。ヒーローになりたい。ジャンプの主人公みたいになりたい。負けてもがんばってまた立ち上がって、ライバルなんてものを手に入れて、最後には勝って、幸せを手に入れるって、そんな人生を歩んでみたい。ヤンキーだったらマガジンかチャンピオンのマンガみたいに、すげぇ漢になってのし上がってみたい。強くなりたい。えらくなりたい。誰からも憧れられる存在になりたい。
 でもオレは結局のところ、オレでしかないのだ。飲んだくれのアル中のオヤジがいて、学校の勉強もできず、結局働いてなんとか糊口を凌ぐのが関の山の。人生大逆転なんて起きない。それをオレは知っている。
 それなのにお前はちがう。
 遊戯。
 海馬が相手ならオレは諦めがつくだろう。あいつは――あいつの言動は常におかしいが、あいつなら、やっぱり違うモンなと諦めがつくだろう。他人からは銀のスプーンをくわえてきたような人生だと思えるにちがいない。本当はそうではないことをオレは知っているし、あいつがどれだけ今の自分を構築するのに何かを支払ってきたのか考えると目がくらむほどだけれど、それでもあいつは海馬なんだからしょーがないよなという諦念に達することができる。
 負けられないとうそぶいてみても、そういう自分がどこかに居ることは知っている。
 どっかで諦めてんだ。
 だからこそ遊戯。オレはお前が憎いのかも知れない。
 オレより下だと思っていた。大人しいだけのヤツだと思っていた。ゲームオタクで、ちょっと暗いやつだと思っていた。ゲームなんて出来たってしょうがねぇだろと思っていた。
 それなのにどうして、お前はそんなに強いんだ。
 腕力はいずれ衰える。能力だって消えていく。
 金さえあればたいていのものは手に入る。
 それでもお前の持っているものは手に入れられない。
 海馬でさえ持つことができない。
 どうしてそんなに強くなれる。
 オレは馬鹿だからよくわからない。
 それでも、あの男が、アテムという名前の男が行ってしまったあと、少しだけわかったような気がする。
 オレはあいつが好きだった。
 憧れていた。いつでも強くて、格好良かった。
 恐いモノなんてないみたいに見えた。
 でもお前がいないときのあいつは、ふしぎと脆くみえた。
 はじめて、そして最後に二人がデュエルをしたとき、あいつの強さにオレは震えた。勝つのなんて無理じゃないかと思った。遊戯の足はがくがくと震えていた。ああ、お前も怖いんだなと思って、どこかほっとしたのを覚えている。その恐れは理解できるし、このままあいつが帰らないほうがうれしかったから。
 それでも遊戯はカードを引いた。
 ああ、だからあの男は、アテムという男は、お前のところに来たんだなと思った。
 ひとがどこまで強くあれるのかというのは、意志の力なんだろうと思う。
 どこまで自分が望めるかなんだと思う。
 お前は何をされても自分を曲げない。どんなにつらいことでもできる。
 神をも倒し、自分の半身だった男を送り出すことさえできる。
 なんでお前がそんなことをできるんだろう。
 そう思う。
 あんなに弱っちいのに。あんなに小さいのに。
 お前を誇らしげに思う裏側に、そう思うオレがいる。
 お前を見ていると胸が痛い。
 オレはくやしい。お前みたいに強くなりたい。お前よりも強くなりたい。
 そんなことを言ったら、お前はオレを笑うだろうか。
 遊戯。