オレも遊戯も、声もでない。
 そのまま石像みたいに固まって、パニック状態だった。オレなんてとくに頭動いてなかった。もしドアが開いたら。どうすりゃいいんだ。裸でなかよく相撲を取ってましたなんて言い訳きかないだろうし。オレ、遊戯に入ってるし。抜いたほうがいいのか。たぶんそうだよな。しかし今、この状況で抜いても、その方が問題なような気がする。無言で抜くとか無理。無理。ぜったい無理。なんでこの状態で萎えてないんだろ、オレ。
 先に動いたのは遊戯だった。
「うん、まだ起きてるよ」
 すげぇぞ、遊戯。この状況で冷静な判断だ。さすが決闘王だ。
 オレは、お願いだからママさん入ってこないでくださいと思いながら、ぎゅっと遊戯を抱きしめた。いやもうだって、どうしていいか、わかんなくって。
「夜だから、あんまりうるさくしないでね」
 うるさいって、あの、その。
「ごめん、プロレスごっこしてたから。もうやめるよ。そろそろ寝ようかと思ってたし」
 ナイスフォローだ、遊戯。
 しかしこれでママさんは納得してくれるのだろうか。いや、するよな。息子が友だち(男)とセックスしてるより、プロレスごっこして遊んでたほうが自然だし、普通だよな。名前呼んでただけでヘンなこと口走ってないよな。よかったエロマンガみたいなセリフ言ってくれって、ねだらなくて。
 とりあえず、もそもそと布団を腰あたりにひっかけてみる。遊戯は身体中を耳にして外の様子をうかがっている。
「そうしてね。おやすみなさい」
 ママさんは部屋に入ってくることもなく、
「お、おやすみー」
 オレもあわてて挨拶した。
「おやすみなさい」
 ぱたぱたとスリッパを履いた足音が遠ざかっていく。とんとんと階段を下りる音を聞いてから、オレたちは、ほーっとでかいため息をついた。
「よ、よかったなバレてなくて」
 オレは腕の中の遊戯に顔を擦りつけて、ほっぺにちゅっとキスをした。遊戯はなぜか、むーと天井の方をにらみつけて腕組みをしていた。何考えてんだ?
「城之内くんってさ」
「ん?」
「幸せなとこ、あるよね」
 なんだよ、それ。
 疑問符をいっぱいつけた状態で首をひねると、遊戯はまーいいかと小さくつぶやいた。
「ところで、もう抜いてよ、城之内くん」
「え!」
 そんな殺生な。
「いっぺん出したでしょ」
「だって、まだ!」
「しーっ!」
 だって、まだ二回目いってないのに。固いのに。カチカチなのに。勃起してんのに。続き、やりたいのに。
 オレの動揺なんてお構いなしに、遊戯は布団に前向きにぱたりと倒れ込んで、ぐいっと腰をくの字にまげた。「んっ」てえろい声だして、目を半分とじて、ちっちゃい尻がオレの出したのでぐっしょり汚れてて、すげぇいやらしい格好だった。
 これで何もするなって、そんなの無理だって。
「なあ、遊戯ぃ」
 オレは甘えた声ですりよってみたけど、遊戯はおかまいなしに、ゆるんでたベルトを噛んではずした。自由になった両手で、足の枷も外す。
「もっぺん。もっぺんだけでいいからさぁ」
「だーめ」
 さっさと後始末をして、パジャマを着る。「トイレ行ってくるね」と言うなり、部屋を出て行ってしまった。なんだよ、ひでぇよ。この状態のオレ放置プレイかよ。そりゃオレの方がいけないんだろうけどさ。
 はぁ。オレは大きくため息をついた。
 しょーがねぇよな。出して終わりにすっか。
 ほっといても治まるだろうけど、遊戯がもどってきたらまたムラムラしてしまうかもしんないしな。いない間にやっとこ。
 オレは遊戯のベッドにねっころがって、自分のモノに手をかけて擦りはじめた。ベビーパウダーの匂いがして、遊戯に抱きしめられてるみたいで、なんか無茶苦茶せつなくなった。一人でこんなことしてんの、すげぇさみしい。家では毎日してるけど、遊戯のにおいに包まれてするのは、興奮するんだけど、でもさみしい。馬鹿みてぇ。
 興奮してたから、オレはすぐにイキそうになった。
 イッた。
 だけど、胸がぎゅっと痛くなった。
 ティッシュで拭いてゴミ箱にすてたあと、ジャージを履いて、目を閉じて遊戯の名前をちいさく呟いた。遊戯。やっぱ、オレ、お前としてぇよ。こんな風にひとりですんのはやだよ。切ない。
「なんで、そんな顔してんの」
 ふりかえって目を開けると、遊戯がオレの顔をのぞき込んでいた。部屋の電気はもう消してあって、暗くて、窓から外のあかりがうっすら入ってるだけだった。
「そんな顔って、なんだよ」
 押し殺した声で言うと、遊戯は困ったように笑って、ちいさな指でオレのほほを撫でた。
「泣きそうな顔してる」
「べつに」
 うつむいて顔を隠すと、ぎしっとベッドが軋む音がした。遊戯が、オレの前にもぐりこんできた。「城之内くん」静かに呟いて、オレにキスしてくる。えろいキスじゃなくて、触れるだけのやさしいキスだった。
「泣くなよ、城之内くん」
「泣いてない」
「うん」
 なんで遊戯の前だとオレっていつも情けないんだろ。エグゾディアのカードのときとか、王国でカード無くしたときとか、洗脳されてたときとか。いいところ見せたいのに。かっこつけて見せたいのに。さすが城之内くんだぜー!って言わせたいのに。なんかこんなことで落ち込んだりしてるのも情けない。いつもみっともないよな、オレって。
「好きだぜ、城之内くん」
 このセリフだって、いつもお前の方から言うし。
「オレだって好きだ」
 オレの方が好きだ。きっとオレのほうが、お前よりすっごい好きだ。どうしようもないぐらい好きだ。みっともないとこばっかり見せてるのに好きだ。情けない奴なのに好きだ。いいとこなんてないのに好きだ。
 オレは遊戯の胸に顔を埋めた。ちっちゃいし、薄い胸なのに、なぜか安心する。ぎゅっと抱きしめるとベビーパウダーの匂いがした。遊戯はもういっぺん「大好きだ、城之内くん」とオレの耳元でささやくと、そっとオレを抱きしめた。



 朝寝坊できる日はうれしいなーと思いながら目を覚ますと、遊戯のやつは隣でまだぐっすり眠っていた。ちいちゃく丸まって、むにゃむにゃ言ってる姿は子供みたいで、昨日あんなことをしたようにはちっとも見えなかった。寝癖が妙な形についてて、面白かった。
 起きあがって着替えたあと、ベッドに座ってそれを撫でてた。こんなにちっこいのに、へんなの。甘えてるし、頼ってる。ベビーパウダーなんて付けてるお子様仕様のくせにさ。
 そんでも好き。
 キスしてやろうかなと思って顔をのぞき込んだら、よだれのあとが白くついてた。おもわず笑って、がびがびしてるところをなぞってたら、遊戯が起きちまって、寝顔みんな!と怒られた。
 よだれ垂らしてても好きだぜといってキスしてやったら、遊戯のやつは、まっ赤な顔をして「なんだよ城之内くんはちょっと早起きだからって!」って照れて怒ってた。ちょっとだけ、いい気分だった。

 朝ごはんをたべたら、デートをしよう。