十二歳だって恋はするのだ。
レベッカはそう思う。五歳年上で、住んでいる国も違うけれど、いまどきそんなのは不利ってほどじゃない。アメリカと日本なら毎日飛行機は飛んでいる。メールや電話だったら毎日できる。自分はまだ子供っぽくてセックスアピールにかけるのは認めるけど、それは追々どうにかなること。それに今は、一緒に旅をしているのだ。せっかく、ぐっと親密になるチャンスだっていうのに。
「どーして、あんたなのよ」
今現在、武藤遊戯の身体に入っているのは、「名も無きファラオ」と呼ばれる男の心だった。
*
キャンプサイトの早朝の空気はまだ涼しく過ごしやすかった。レベッカはまだみんな眠り込んでいるモーターホームから出ると、キャンプ地の中心にある売店へ向かった。このキャンプを出る前に、食料品の買い込みと水の補給、それからガソリンもフルにしておかなければならない。大型のモーターホームが出入りするキャンプには、たいていそういった売店がある。一人じゃ無理だから、みんなが起きたらやってもらわなくっちゃ。でも、とりあえず朝食の分だけでも買いにいかないと。予期していなかった日本からの乱入者たちは遠慮無くモータホームに積み込んであったレベッカと祖父の食料を食い尽くし、すでにシリアルにかける牛乳さえない。
犬を散歩させている他のモータホームのひとたちに手をふりながら、売店へ続く小道をぬけると、遊戯がいた。レベッカよりもちいさな子供たちに取り囲まれている。
「ユーギ」
振り向く表情は、いつもの彼よりはおだやかだった。彼にまとわりついていた子供たちは、レベッカの方をみて嬉しそうに騒いだ。彼らはそろって腕にデュエルディスクを填めていた。
全米チャンプのレベッカ・ホプキンス。たった十二歳でデュエルモンスターズのアメリカチャンピオンになった天才少女は、デュエルをする子供たちの憬れの的だった。レベッカは求められたオートグラフを快く何枚か書き、何度も握手をすると、うながすようにデュエルキングの名を持つ少年の手をとった。
「行きましょう」
同じ身体なのにちっともドキドキしない。
*
食料品を買い込み、大きな袋をとなりにいる男に渡す。もうひとつは自分。男は無言でずっしりと重い荷物を抱え込み、ふたりは並んで歩き始めた。
「どうして、あんなところに居たの?」
「散歩だ」
どうせ眠れなかったせいなのだろう。彼の顔に、疲労の影は色濃くでている。
「子供、好きなの?」
さきほどの情景を思い出して聞く。「さあ」と彼は答えた。
「わたし、あんたって子供は嫌いなんだと思うな」
煩わしいものは嫌いみたいな気がする。彼からは、支配することが当たり前である傲岸不遜な空気がした。それをレベッカが好きな「遊戯」に感じることはない。
「相棒なら、ああいう風に対処するだろ?」
それはそうだろうけど。
「ダーリンの評判を落とされたら困るものね」
「そういうことだ」
笑った表情が、得意げに見えるのはなぜなんだろう。
遊戯の魂は、今ここにはない。オレイカルコスの結界に封印されてしまったのだ。ただ、封じられただけで、壊されたわけではない。ダーツという男を倒せば、元に戻る可能性は高かった。それだけが多分、この一緒に歩いている男の希望なんだろうな。そうレベッカは思った。わたしだって、ダーリンに戻ってきて欲しいよ。でも。
「あんたって、ダーリンのこと、ホントに好きよね」
どんな風に意味をとったのか、男は首をかしげた。
「オレはお前が好きだぜ」
「わたしは嫌いよ」
「相棒のことを好きになってくれる奴は、みんな好きさ」
そう言って笑う。
なんて、ひどい。
きっとこの男みたいには思えない。
名前もなく、記憶もなく、ゲームで戦って勝つだけ。
あとは、相棒とよぶ少年のことだけ。
世界にあなたひとりだけ。
この男みたいに思えない。
ずるいよ、そんな風に好きになるのって。
ダーリン。
こんなに思われて恐くないの?
貴方がいなければ、生きてないなんて。
「大丈夫だ、相棒は必ず俺が取り戻す」
レベッカが沈黙しているのを見て、彼は力づけるようにそんなセリフを言った。
この勘違い野郎とおもったけれど、その小さな尻をけっ飛ばしてやるのは勘弁してあげることにした。身体はダーリンのものだものね。レベッカはふふんと不敵に笑って見せた。
「当たり前よ。わたしだって、ダーリンのことが大好きなんだから」
負けてなんてられないわ。だってわたしは女の子だもの。あんたみたいに好きにならない。女の子には女の子の、わたしにはわたしなりの好きになり方があるんだもの。
「帰ったら朝食つくるの手伝ってね」
「料理は、苦手なんだが」
期待はしていないが。
「ベーコン焼いて目玉焼き作るだけよ。ちゃんと覚えて、ダーリンが戻ってきたら作ってあげなさいよ」
そうだな、って嬉しそうな顔しちゃって。今ぐらいは、そんな顔するの許してあげる。ずっと辛気くさい顔してたものね。好きなひとのことを思って、幸せになるぐらいのささやかな権利は彼にもあるだろう。
今日もきっとよく晴れるに違いない。