虚無の砂漠にいる。

 オレは砂を掘っている。指先に触れる砂は女の使うパウダーのようにきめが細かくさらさらとしていた。オレは砂まみれになりながら掘り続ける。天頂に輝く太陽に炙られた砂は熱い。オレは汗をぼたぼたと垂らしながら掘り続ける。砂に水分を吸い取られ、指先がひび割れていく。爪の間に砂が入り込み痛んだ。それでもオレは砂を掘るのをやめない。汗は乾ききり、塩となり、身体に張り付いた。いつから、こうやって掘り続けているのか。オレは理由もわからず、ただ何かに急き立てられて、砂を掘り続ける。掘り出した砂にまみれる。

 掘り出した砂が山になり、日陰をつくるようになった。砂の様相がかわりはじめ、じっとりとした湿った感触を伝えてくる。それでも砂以外には何もない。あたりには何もない。なんの音もしない。人の声もしない。鳥の声もしない。川の流れる音もしない。ただ砂が風にのって動く音だけがする。だれかに海鳴りに似ているのだと聞いたことがある。オレは海を知らない。ナイルの流れよりも巨大な水を湛える場所だと言う。まるで空のように青いのだという。オレは穴蔵の中から空を見上げる。空は青い。雲もなく、ただ青い。青一色だ。


 オレの指先は、たまに砂以外のものに触れることがある。骨だった。人の骨のときもあれば、動物の骨のときもあり、鳥の骨であるときもあった。
 人の骨にふれると、オレは人になった。商人の男は、黄金作りの首飾りを大事そうに首にかけ、その上から肌着をつけ見えないようにした。商人は砂漠をわたっている途中で、追いはぎに逢い、息絶えた。黄金作りの首飾りは、盗賊の手に渡った。
 黄金の首飾りを胸にきらめかせた盗賊は、それを身につけてから運が向いたのか、いくつもの大仕事をやってのけ、昔の盗賊王の再来だと持て囃されたが、やがて仲間の密告で捕まり、ワニに喰い殺されて死んだ。
 盗賊の首飾りは、軍人のものになった。軍人はそれを女に送った。軍人が外征することになると、女はそれを売り払った。軍人は異国の地で死んだ。
 首飾りはそうやって人の手を転々とした。
 人ではないものの手に渡るときもあった。
 鳥の骨に触れると、オレは鳥になった。白いハゲタカとなったオレは、山の誰も来ない場所で、きらきらと光るものを見つけた。オレは、白骨の胸にかがやく首飾りをくちばしで、むしり取った。それをくわえたまま、空をゆうゆうと飛んだ。砂漠を越え、オアシスの緑を目指した。オレは誰かの矢で射られ、死んだ。
 死んだオレをむさぼるものがいた。オレは犬となり、首に金のかざりを揺らしながらさまよった。ナイルの河の街で、人々が船に乗り込んでいくのを見た。彼らは海へ行くのだろう。またオレは死んだ。金色の太陽の下でひからびていく。

 オレは砂を掘っている。いつまでも掘り続けている。
 虚無の砂漠にいる。



 オレは砂を掘り続ける。それ以外に思いつくことはなかった。たまに自分の名前はなんだったか、目的はなんなのか、そんな疑問がふっと脳裏をかすめるが、すぐに霧散した。
 オレは掘り続ける。
 夜は来ない。
 空は青いままだ。
 その青が、針であけた点のようになった頃、オレの指先に砂以外の何かがふれた。
 固い感触だった。ひんやりと冷たい。オレは夢中でそれを掘り返す。すぐにそれは形をあらわした。白い色をしている。骨だ。ひとの骨だった。頭に残った白い髪をひっつかんで、ずっと引っこ抜く。たいして力も入れずに、それはすっぽりときれいに抜けた。
 人骨は服を着ていた。まだ白さを残している木綿の、丈の短いガラベイヤ、その上にぼろぼろの赤い上着。じゃらじゃらと首に巻いた金の首飾り。腰に帯びた剣。
 オレはそいつを恋人のように抱きかかえた。うっとりと目をとじて固いほお骨に、自分の顔を擦りつける。つめたさが心地いい。ああ、これだ。オレが求めていたものは、この男だったのだ。

 バクラ。

 骨を抱くオレの指先が、すっと溶けた。ずぶずぶと沼地に落ちるようにオレは骨に溶けていく。痛みはなかった。喪失感だけがあった。オレの輪郭が消えるときにようやく、オレは自分がただの影だったということに気がついた。
 オレは、お前の影。お前ではないものの影。お前の憎しみをすすり、お前の悲しみを味わい、闇の中でのたうち回り、いつか来る終わりの日を待ち続けて、砂を掘る。
 三千年、お前に焦がれている。



 オレは何度もバクラの骨に触れた。盗賊王と呼ばれた男の骨は、オレをせせり嗤うかのように、すぐに消えた。そのたびにオレは大きく嘆息する。いつのまにか天頂の太陽に照らされて闇が色濃く形をつくり、オレになった。

 オレは砂を掘り続ける。
 虚無の砂漠で掘り続ける。

 永劫につづくかと思うこの繰り返しの日々の中、金色のリングは人から人に渡っていった。死に絶えた町で、砂が積もり、固い土に埋もれて日々を過ごすこともあった。月日がたち、偶然立ち寄った人間の手で運ばれることもあった。ルクソールの町で売られ、店先に並んだ。たくさんの人間が行き交う通りだった。どの人間も砂の匂いしかしなかった。三千年の間変わらない匂いだ。飽き飽きしているにおいだった。
 ある日のこと、異国の男が通りを歩いていた。その男からは予感がした。砂のにおいはしなかったが、血の臭いもしなかった。それでもオレにはその男がひっかかった。細い指の骨がぽきんと折れるような感触がした。
 オレはその異国の男を呼んだ。オスのセミがメスのセミを呼ぶように。フラミンゴが求愛のダンスを踊るように。女が香水をふりまき男を誘惑するように。
 来い。ここに来い。
 東方から来たという異国の男は、金のリングを買い求め、国に戻り、それを息子に渡した。

 バクラ。
 ばくら。
 獏良。

 見知らぬ風景の町に住む少年は、あの盗賊王と同じひびきの名前をもっていた。盗賊王の血も涙も慟哭もなにも知らない少年は、無垢な器のようだった。入り込むのにはぴったりの、からっぽの器。うつろな身体。オレは満足げに嗤った。三千年、ひとりの男の憎しみを啜り、味わいながら、虚無の砂漠に居た。砂を掘り続けてきた。三千年、まだ見ぬお前を夢見てきた。お前のやわらかな白い肌も、ガラス玉のような目も、からっぽの心も、すべてオレのものになる。オレがむさぼり尽くしてやる。
 金色の太陽が空を焼き焦がすとき、オレはお前を捕まえるだろう。

 盗賊王の骨はすぐそこに埋まっている。


END.