パラレル城表。
城之内くんがレッドアイズです。
軽い性的描写があります。
苦手な方は注意してください。
遊戯の足音が聞こえてきて、オレはいそいそと立ち上がった。
ベランダに出て窓の外を見る。外はもうとっぷりと暮れていて、猫の目のような細い月がでていた。3ブロック先の交差点のところに、ぽつんと小さな人影が見える。
おもわず顔がほころぶ。
遊戯だ。
遊戯はいつも飾りものの多い服を着ていて、アクセサリーもよく身につけている。靴も鋲がたくさん打ってあって、踵のところなんて拍車みたいな飾りがついてる。その独特のしゃらしゃらという音で、いつでもすぐに遊戯だとわかるのだ。歩き方だけでもわかるけど。その服の趣味は、幼くて甘い感じの面立ちとは正反対だなと思うけれど、意外に悪くなかった。汁粉に塩っていうか。そういう感じ。
オレは普通の人間より五感が発達してる。運動能力もあるけど。モンスターなんだからしょうがないよな。
といっても、この力が別にそれほど役に立ったおぼえはない。人間にとけ込んだ生活をしてるんだから、人間と同じようにしてるしかないわけで。そうすると、こんな力も特に用はないのだ。
でも、遊戯が帰ってくるのが早めにわかるのは、少しだけうれしい。
離れてるとイライラするんだ。どうしてか理由はよくわかんないんだけど。遊戯がオレのマスターだからかもしれない。オレに戸籍があったら、遊戯と同じ大学行って四六時中一緒に行動すんのにな。このマンションに引っ越してきてから1ヶ月もたつってのに。
夕飯の用意はできている。風呂のスイッチも今入れた。
オレは上着を手に取ると、口笛を吹きながら外に出た。
*
オレは、マンションの隣にあるコンビニエンスストアの前の、柱で死角になるところに立ちながら、遊戯を待っていた。
遊戯は毎日このコンビニをのぞいていくのだ。漫画とか雑誌をチェックして、新製品のお菓子や飲み物をチェックして、気が向いたらそれを購入する。遊戯は、新製品が好きなのだ。テレビで宣伝してるハンバーガーの新商品もかならず食べる。
買い物が終わって、出てきたところで声をかけた。
「遊戯」
気配を感じとって出ていくのは、難しいことじゃない。
遊戯がオレを見て笑う。ほにゃっとしたその笑顔をみると、オレもうれしくなる。遊戯の持っていたコンビニ袋を受け取って、隣に並んだ。
「一緒に買い物すればいいのに」
ハーゲンダッツのアイスの新しいのが出たんだよ、城之内くんの分も買ったからねって。甘いの好きだよな。オレも嫌いじゃないんだけど。食べ物に好き嫌いないから。
オレは、んーと笑ってごまかす。買い物なんてできるわけがない。朝からずっと会ってないのだ。遊戯分が不足過ぎてどうにかなりそうだ。人目がなかったら、飛びついて抱きついてる。顔中舐め回してる。でも、そうすると遊戯が困った顔をするから我慢しているのだ。
オレの世間体なんて存在しないしどうでもいいのだが、遊戯のそれは大事だった。
遊戯はこれで有名人らしいのだ。実際、町を一緒に歩いていると、子供からサインをねだられることもある。大学生が一人暮らしをするにはいささか立派すぎるマンションには、ちょくちょく雑誌や新聞が送られてくる。もちろんそれには遊戯が載っている。テレビに出演することもある。地味だから、ぜんぜん目立たないよって本人は言うけどさ。
ひとりで暇なときに、届けられた遊戯の出ている大会のビデオを見たのだが、すごかった。日本じゃなくて、アメリカの、とても広い何万という人間が入るスタジアムの中央に遊戯は堂々と立っていた。みんなが遊戯の名前を呼んでいた。
アナウンサーも解説者も遊戯のことを無敵無敗の決闘王だの、カードの申し子だの、メチャクチャ褒められまくっていた。
わるくない気分だった。
だってオレのマスターだぜ。
だから、ヘンな写真が週刊誌やスポーツ新聞をにぎわしても困るのだ。男同士ってのは今も昔も、あんまり外聞のいいもんじゃない。それ以前にオレは人間ではないのだが。
それより早く部屋にもどりたい。家の中では、接吻も抱擁も許してくれてる。
オレはそわそわしながら、エレベーターを待った。遊戯が嫌がらないのなら、抱っこして、階段を駆け上がってるところだ。7Fまで、1分とかからず戻れる。でも、極力、普通のひとっぽく暮らすようにって厳命がでてるからそれはしない。オレの不審な――ちょっと人間っぽくない行動が原因で、一緒に居られなくなってしまったら、悔やんでも悔やみきれない。
一人だった頃にはそんなことを気にしたことはなかった。まずいことが起きたら他の町にでも行けばよかったし、何か問題が起きそうだったら相手を喰っちまえばそれでよかった。
今は、それでは困るのだ。
オレは、遊戯のものになってしまったんだから。
*
部屋にもどって、すぐに接吻をねだった。
玄関先で覆い被さるように抱きすくめて、くちびるを二三度合わせたあと、すきまから舌をするりと突っ込んだ。ドアに遊戯のちいさな背中を押しつけながら、舌を絡める。ふっ、ふっと犬のようにオレは息を吐きながら、何度も遊戯の舌を吸う。鼻を鳴らして唇と、舌を、唾液をねだる。長い舌で、上あごも歯茎も舐めまわして、やわらかな皮膚にとろりとこぼれる透明な液体を啜った。
甘い。
遊戯の身体は、オレには媚薬みたいに甘い。
キスしていると、頭の中がとろとろになっておかしくなる。目の前が霞みそうになる。やわらかな濡れた舌を喰いちぎって、白い頬も、ピンク色した爪も全部ばりばりと喰らってしまいたい。そう思うぐらいに、甘くてうまそうなにおいがする。
これは遊戯がデュエリスト(って言うらしい。よくわかんないけど)だからなんだろうか。それとも別の理由があるんだろうか。いつも遊戯がいないとさみしいと思うのと関係があるんだろうか。
長い長いキスをして、ようやく顔を離す。
「アイス、とけちゃうよ」
遊戯が、ちょっと潤んだ目でオレをにらむ。遊戯の目はすこし紫っぽい色をしている。日本人以外の血も混じってるんだろうか。それともただの個人差なんだろうか。よく知らない。でも、その色は、夜明けの前のだれもいない時分のしんとした空みたいなすみれ色で、オレはそれがとても好きだった。えぐって舌のうえで転がして、味わいたいほど好き。
喰わないけど。
つい、食い気でたとえてしまうのは許してほしい。本当に喰いたいとは思ってないんだ。ただ、オレにとっちゃ、ここ百年ぐらい性欲も食欲も似たようなものだったのだ。そもそも遊戯のほうがオレより強いみたいだし。
遊戯には逆らえない。
あんな小さいのに、頭からひとのみ出来そうなのに、遊戯のほうが強いのだ。
そう思うと、胸の奥がそっと、羽でくすぐられるような気持ちになる。
別にイヤじゃない。悪くない気分なのだ。
それどころか、うれしいのかもしれない。
なんでなんだろう。
「とけないうちに、ちょっとだけしようぜ」
耳元でささやくと、遊戯はびくんと身体を震わせる。足の間にそっと膝頭をすべりこませると、どうしてそういう意地悪なこというかな、って涙目で呟く。でも、遊戯だって好きじゃないか。あれ、すんの。
ちっちゃなお尻に手を回してゆっくりと揉んでやる。肉付きが薄いのに、骨張ってなくて触り心地がいい。膝頭で遊戯の感じやすい部分を刺激すると、熱い吐息が聞こえた。耳から首筋にかけてゆっくりと舌を這わせる。首輪と皮膚のすきまをつっと舐めて、バックルを外そうと口にくわえる。
予想してなかった音がして、オレは顔をあげた。
「今エレベーター止まった」
「え?」
遊戯は大きな目を見開いた。チンとエレベーターの扉がひらく音がして、足音が近づいてくる。遊戯は、オレの耳がいいのは知ってる。
「この階のひとじゃないな」このフロアの住人の足音ならもう覚えている。「宅配かな」
「ね、部屋行こうよ」
「聞こえねぇよ。いくらなんでも」
オレが前に住んでいたような安っぽい共同住宅ではないのだ。マンションの入り口はカードキーがないと入れないし、部屋のドアだってちゃんと防音効果が高いものだ。ピアノを持ち込んでる家だってある。壁もオレがぶちぬけなさそうなぐらいに厚いのだ。
「な、それより舐めたい。飲まして」
はずしづらい首輪と格闘するのは諦めて、股間に顔をうずめた。ジッパーの金具を咥えて、ジッと下ろす。オレは目を細めた。立派に存在を主張してるものが、そこにある。ほら、遊戯だって欲情してんじゃん。
「だ、だめだよ……。アイス、とけるし……」
「舐めるだけだから」
下着の上からかるく噛んでやる。
「だ…だめっ……!」
遊戯がきゅっとオレの肩をつかんだのと同時に、外の通路の足音が止まった。うちの真ん前だ。さすがにオレもびっくりして動きが止まる。宅配なら先にインターフォンで確認があるはずだ。なにかの間違いか? 表札はでてるハズだけど。
「遊戯くーん。帰ってるでしょー? 獏良ですー。了ですー。入っていいかなー」
ドア越しにのんきな声が聞こえた。
*
アイスやお菓子をしまいこんで、夕飯の用意をした。
とりだんごの鍋だ。このところ寒いし。
「鍋だと人数増えても対応しやすくていいよねー」
人数増えて困ると思うなら、さっさと用件をすませて帰れ。
こたつに入り込んでにこにこしながら言うのは、獏良 了というやけにきれいな顔をした男だった。老人のように白い、銀に近い髪を、肩よりもすこし長めに伸ばしていたが、女かと見まがうほどの繊細で美しい面立ちをしているせいで、それは彼の美しさを引き立てているだけだった。背はオレより、ほんのちょっとだけ低かった。
遊戯はいっぺん引っ込んで、服を着替えてきた。顔はまだリンゴのように赤い。トイレですませてきたらしい。あーあ、したかったなぁ。もったいねぇ。
手みやげにシュークリームの箱をぶらさげてきた遊戯の友人だというこの男は、まるで自宅のようにくつろぎ、テレビをつけて勝手にチャンネルを選択し、他人の作ってくれたご飯はおいしいよねーといいながら、鍋をパクついている。
「ほんと美味しいね。料理上手なんだ」
「どうも」
鍋にうまいも下手もあるんだろうか。和食なら得意な方だとは思うんだが。みそ汁もちゃんと出汁からとるし。でも洋食はつくりなれてない。遊戯の好きなハンバーグはまだ練習中だ。遊戯はおいしいよって言ってくれるけどさ。ウマイモノ食わせたいじゃん。
「いいなー。こういうお嫁さんなら、ボクもほしいな」
遊戯がこたつに突っ伏した。
嫁ってなんだ? オレは男なんだが。目がわるいのか、こいつ。
「あ、あのね、獏良くんっ!」
獏良という男はけろっとした顔で、そのまま続けた。
「おかしいと思ったんだよねー、ここ一ヶ月ぐらい。秋葉原とか新宿西口に誘っても用事があるからって、さっさと帰るし。ボクん家によってご飯たべてったりしないし。飲みに行こうっていっても避けるし。やけにお肌つやつやだし」
最後の意味がよくわからなかった。
遊戯は顔を赤らめて、こぶしをぶるぶるとさせている。
「わ、わざわざそれを確かめに来たの?」
「いや、そこまでボクも暇じゃないよ」獏良はそう言って、オレのつくった団子を口にいれた。くわい入ってる?って、入ってるよ。「ちょっと今日は遊戯くんちに泊めてほしかったんだ」
「なんで!?」
それまで差し控えていたオレも声を荒げて聞いた。冗談じゃねぇぞ。そしたら今日は遊戯とできないじゃねぇか。まだ接吻しかしてねぇんだぞ。一日一回は触って、舐めて、飲んで、入れて、イッて、フルコースでやらないと耐えられねぇ。持たねぇ。
「どうも、襲われてるみたいなんだよね」
まったく緊張感のない声で、獏良はそう言った。
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