◆1

「なぁにこれ?」
 思わずそう口に出していた。
 だって、海馬の鞄の中から、やたらファンシーな封筒がこぼれ落ちてきたのだ。淡いピンク色に白い花柄の、すごく可愛らしい封筒だ。
 あまりにも、海馬に似合わない。
 案の定、海馬は遊戯の手から封筒を取り上げると「ふぅん」と不審そうな声を出した。それから、封筒を開け中の手紙を一瞥すると、おもむろに遊戯の目の前にその便せんを突きつけた。

 好きです

 可愛らしい丸っこい字で、そう書いてあった。
 ラブレターだ。
 どこからどう見ても、ラブレターだった。



 武藤遊戯と海馬瀬人が出会ったのは、幼稚園の頃だ。
 どうして二人が仲良くなったのか、今ではもう思い出せない。
 海馬の目は深い湖のような青で、遊戯の目は日没の山裾のような紫だったから、親近感をもったのかもしれない。
 海馬の家はアミューズメント産業の会社、遊戯の家は町のオモチャ屋で、お互いゲームが大好きだったからかもしれない。
 とにかく、遊戯と海馬はウマが合った。
 一日中一緒にいても飽きなかったし、話も尽きなかった。クラスが違ったときも登下校は一緒にしたし、毎日どちらかの家に入り浸って遊んだ。
 二人とも、広く浅くというよりは、狭く深くというタイプだったから、他に仲の良い友達もできなかった。その必要を感じたこともなかった。

 そして、高校生になった今でも、それは変わらなかった。



「20点といったところだな」
 つまんだ手紙を遊戯に押しつけながら、海馬が呟いた。
「えー。そういう言い方は失礼だよ」
「筆跡が美しくない。封筒と便せんの趣味が悪い。文章にセンスがない。
『海馬瀬人さま
 初めて会ったときから、気になっていました。あなたのことをずっと考えてたり、胸が苦しくなったり……。
 あなたに釣り合うようになりたくて、一生懸命頑張りました。少しでもあなたに振り向いてもらいたくて。
 好きです。
 友達としてでもいいんです。ちょっとでいいから、私のことを見てください……』
 フン……こんなもの、20点でも甘いくらいだ!」

 偉そうにそう語る海馬に、遊戯はため息をついた。
 そりゃ海馬くんはすごいよ。
 ほんのちょっとチラッと見ただけの手紙をいきなり暗唱しちゃう記憶力とか、感心するんだけどさ。だからって。
「点数つけるようなものじゃないでしょ」
「なるほど。点をつける価値もないということか」
「だから、そういう意味じゃなくて」
「この手紙には、戦略性がない」
 戦略性って。
「必要なの? これはラブレターで、ゲームじゃないんだけど」
「対象が人間だというだけで、基本は変わらんだろうが」
「あ〜もう海馬くんって、ほんとゲーム脳」

 遊戯は、改めて海馬の鞄の中から目当てのノートを取り出した。ラブレターに気をとられてしまったが、本当は宿題を写させてもらおうと思っていたのだ。
 放課後は海馬の家に寄って、宿題があるときにはまず最初にそれを済ませるのが習慣だった。今日もそうだった。さっさとやることをやって、遊びたいのだ。

「ゲーム脳という言葉は、そういう使い方をするものではないぞ!」
「う〜ん、そうだっけ?」
「そもそも信憑性があるとは言い難いが、ゲーム脳というのは、テレビゲームによって脳のβ波が……」
「んー」
「聞いているのか遊戯!」
 ノートを片手になま返事をすると、バン!とテーブルを叩いて海馬が声を荒げてきた。適当っぽい遊戯の態度が気に入らないのだ。
 でも、はっきりいって宿題の邪魔なんだけど。
 海馬くんって、妙に子供っぽいところがあるんだよねー。すごく頭良いし、体だって大きくて大人っぽい顔してるくせに。
 そういえば、中学のころ『海馬が告白された事件』があったのを遊戯は思い出した。
 そのころ、海馬はすごくモテていた。
 幼なじみの自分から見ても、海馬はハンサムだったし、背が高くて足も長かった。外見相応にスポーツもできた。頭もいい。そのうえお金持ちとくれば、モテて当然だった。モテないほうがおかしいくらいだったのだ。あのときまでは。

 その日、海馬はクラスメイトに告白された。階段の踊り場だった。下校途中に呼び止められたから、遊戯も一緒だった。本当は遠慮して先に帰りたかったが、海馬がそれを許さなかったのだ。
 そのとき、遊戯というギャラリーにもめげずに「好きです。付き合ってください」と言った彼女の勇気には、感服するほかない。だが、海馬のとった奇行は予想の斜め上をいく激烈なものだった。
「なぜオレが貴様に選ばれねばならんのだ!」
 と襲いかかりそうな勢いで、海馬は彼女を怒鳴りつけたのだ。
 それから、
「勘違いするな。オレは選ぶ側の人間だ。自分にふさわしい人間は自分で選ぶ。言っておくが、1000年経ってもオレのロードに貴様など必要ないわ!」
 そう言って、ワハハハハと大声で高笑いを始めた。びっくりするほど大きな声だ。その声は、廊下を通り越して、教室や、果ては校庭にまで響き渡った。女の子は走り去っていったが、ドン引きだったのは明らかだ。さすがの遊戯も、ちょっと呆れた。
「海馬くん……今の、本気?」と聞くと、「ふぅん」となぜか得意げな顔をされた。
 わからない。
 ぜんぜん意味がわからない。
 恋愛とか、それ以前の問題だった。
 もちろん遊戯は海馬が好きで、だからこそ長年親友をやっているのだが、彼のそういう常識から逸脱したようなところは正直ついていけなかった。
 その日以来、海馬に告白してくるような剛胆な女子はいなくなった。
 噂が広まっているのか、高校生になってからも、海馬に近づいてくる女子は皆無だった。
 今日の、このラブレターまでは。
 あのころからちっとも変わってないよなぁ。海馬くんは。
 さっき手紙を見たときの海馬の反応を思い出して、遊戯はそう思った。
 海馬くんは、決して悪人ってわけじゃないんだけど……性格がよくないんだよね。我が儘っていうか、子供っぽいっていうか。短気だし。幼稚だし。
 恋愛とかそういうのができるほど、情緒が発達してないんだ。きっと。


「だから、オレの話を聞いているのかと言っている! 遊戯!」

 宿題を写しながらぼーっとそんなことを考えていたら、また海馬に怒鳴られた。
「ああうん、聞いてるよ」
「だったら、今オレが話していたことを言ってみろ」
「えー」
「言ってみろ!」
 ……だいたいさ。今だってボクが宿題写してるって知っててこんなこと言うんだから、始末に負えない。ほんと子供なんだよね。いつでも、どんなときでも一番じゃないと気に入らないんだから。
 遊戯はノートから顔を上げて、海馬を見た。目の前の椅子に座った海馬は、ふんぞり返って遊戯を睨みつけていた。
「えーっと……、そのラブレターが20点だって話だよね?」
「違うな。0点だ」
「だからそうじゃなくて、ボクが言いたかったのは、ラブレターに点数つけたりするのはよくないってことだってば」
「だがこの未熟なレタータクティクスでは、オレは攻略できんぞ」
 レター・タクティクス!
 遊戯は脱力した。
「……ラブレターにタクティクスって必要なの?」
「愚問だな。必要に決まっているだろう」
「だったらさ、キミなら完璧な戦術のラブレターが書けるとでもいうわけ?」
「ふぅん……言うまでもなかろう!」
 自信満々にそう答えた海馬に、遊戯は大きな目をますます大きく見開いた。
 だって、今すごく変なことを聞いたような気がする。おかしい。今してるのは、カードゲームの話じゃなくて、ラブレターの話だったはずだ。
「ええと……それ、ラブレターの話、だよね……?」
「さっきから、そう言っているだろうが!」
「だって」
 遊戯がなんともいえない微妙な顔をしていると、
「フン……なるほどな。まあ、貴様のセンスでは完璧なラブレターなぞ一生書けんだろうからな!」
 その反応をどう勘違いしたのか、海馬は楽しそうにワハハハ笑いだした。
 ……なんだか話の方向がずれてきてるような。まあ、いいけど。
 すっかり海馬の機嫌が直ったのを見た遊戯は、再び宿題を写し始めた。