◆4

 目が覚めても視界は暗かった。不思議に思って瞬きをしてみたが、様子は変わらない。しばらくしてタオルで目隠しをされていたことを思い出した。
 ベッドに横たわったまま、様子をうかがった。
 規則正しい呼吸音が聞こえた。近くに城之内が寝ているようだった。
 薄いタオルのせいか、目が慣れると、明るさぐらいは感じ取れた。だが、すべてがぼんやりと紗がかったようで、はっきりとは見えなかった。
 手足の戒めはいつのまにか取れていた。腕に触れるとしばられた跡が残っていた。不自然な体勢をとっていたせいだろう、身体がぎしぎしと痛んだ。上半身を起こして、ぐっと腕を伸ばす。そのまま目隠しを取ろうと手を回したら、背後から声がした。
「とんなよ」
「城之内くん」
 振り返る前に、後ろから抱きすくめられた。城之内の素膚の感触に、遊戯は驚いた。彼はまだ着ぐるみを着ていなかった。節くれ立った指先が遊戯の目をそっと覆った。
「ごめん」
「…………」
 遊戯はどう答えていいのかわからなかった。あんな風にされたのは、初めてだった。苦しかった。乱暴だったと思うし、身体の外も中も痛かった。それでも、なぜか城之内を憎む気にも恨む気にもなれなかった。不思議だなと思いつつ遊戯は、城之内にたずねた。
「ボクのことが嫌いになったの?」
「ちがう」
 城之内は静かに答えた。
「じゃあ、どうしてさ?」
 城之内はしばらく何も言わなかった。遊戯は問いただすこともなく、ただ彼の答えを待った。触れ合ったところから体温が伝わってきた。ああ、城之内くんって、体温高いんだなと、遊戯は思った。そんなことでさえ、今知った。
 わかりあうことはとても難しいことだ。二人で一緒に居てもよく知らないことだらけだ。ひとつの身体をつかって、心のすべてをさらけだしてみせても、それでも、もう一人のボクと自分はひとつにはならなかった。それは淋しいとは思わない。言い争いをしたことも、喧嘩をしたことも、泣いたことも、すべて大切な想い出だから。同じになりたいわけではないのだ。あのときも、今も。
 遊戯は、自分の目をふさぐ城之内の手に、自分の手を重ねた。
 何も知らないし、わからないけれど、今、ここに居る。
 一緒にいる。
 それでいいじゃないか。
 城之内は、遊戯の肩に額を乗せて、ちいさく呟いた。
「他の奴と来たことあんのかとおもったら、かーっとなった」
 遊戯はその言葉の意味を、すぐには飲み込めなかった。
 ラブホテルなんていっぺんだけしか利用したことがない。しかも友人とただ泊まって普通に寝ただけだ。なんで城之内くんがそれで怒るんだろう。
「別に、ご休憩で使ったことないよ」
 遊戯は以前泊まったときのことを簡単に話した。城之内は遊戯を抱きすくめたまま、唸るように、いぶかしげな声をあげた。
「ほんとかよ」
「嘘言って、どうすんだよ」
「それじゃ、お前これまでに男つくんなかったのかよ」
「なんでボクが男と!」
 初めてだったの知ってるじゃんか! えいくそ、どうせボクは女の子にモテませんよ。ゲーオタでインドア派のチビがモテるわけないだろ! かわいいかわいい言われて、男扱いされてないよ。二十歳もとっくに過ぎた男が、かわいい言われて嬉しいかー!
 むっとして頬をフグのようにふくらませると、城之内がそれをつついた。
「むにむに」
 なぜか機嫌が直っている。
「なんだよ、ボク怒ってるんだぜ」
「許して」
「じゃあ顔見せてよ。着ぐるみ止めてよ」
「それはやだ」
「ずるいよ、いつも」
 勝手にやってきて、勝手に怒って、勝手にセックスしたくせに。それなのに、嫌いにはなれないのだ。それなのに、本当にどうしてなんだろう。
 誤解されたのが、うれしいだなんて。
 城之内はごめんごめんと笑いながら「いいもんやるから、目、つぶってろよ」と遊戯の耳元でささやいた。遊戯はうなずいて、きゅっと目を閉じた。
 目隠しをしていた手が離されて、かわりに温かいモノが唇に触れた。
 城之内は、遊戯にそっとキスをした。