◆2
砂浜の上のほうは防風林も兼ねた公園になっていて、遊歩道や、子供用の遊具、テニスコートまであるようだった。ふたりは、ベンチにすわって海に夕焼けが沈むのを眺めていた。遊戯はクマにだっこされたままだった。周りから子供に見られているんだろうかと思ったが、なぜかそれを止めさせる気にはなれなかった。
「はらへったな」
ムードたっぷりの光景には似合わないセリフをクマが吐いた。まあクマだし。
家族連れは引き上げはじめ、そろそろカップルがたくさんやってくる時間帯だった。
遊戯はクマのひざからぴょんと飛び降りた。クマはたちあがると、遊戯の手をとって歩き始めた。子供じゃないのにな。だが、遊戯はだまってそれを受け入れた。
気を遣ってくれているのかも知れない。
そう思うと心の底があたたかくなるような気がした。
手をつないで歩くのなんて初めてだった。
悪くなかった。
「どっかでご飯たべようか?」
家に帰るまでは待てそうにない。このあたりには洒落たレストランもありそうだし、海の幸をうたい文句にした店舗も多かった。食事どころには不自由しなさそうだ。
「この格好で、入れんとこあんのかよ」
「そっか」
その着ぐるみを脱ぐって選択肢はないのだろうか。遊戯は思ったが、突っ込まないことにした。不毛な討論になりそうだ。とりあえずコンビニあたりで何か買ってしのいで、家に帰ってちゃんと作ればいいだろう。
そう思っていたのだが。
「うへー、事故の処理さー、相当時間かかるって」
クマは大きな手で器用に遊戯の携帯電話をいじりながらそう言った。
高速近くまで来たのだが、渋滞がひどくて一向に前に車が進まない。交通情報によれば、どうやら事故のようだ。諦めて下を回ろうと思っても、同じことを考える人間は多いらしく、そちらも御同様だった。
「どっか泊まった方がよくねぇ?」
「うん……」
明日も休みなのだし、泊まったところで問題はない。所持金もあるし、いざとなればクレジットカードもある。しかし問題は泊まる場所だ。観光地でもなく、ビジネス街でもない、ごく普通の国道沿いにあるものといえば。
「そこらのラブホでいいんじゃね?」
「着ぐるみOKのラブホテルなんて、知らないよ!」
遊戯は、思わず声を荒げてしまった。
いやだって。
だって。
クマと、そんなところに一緒に行くなんて!
ものすごくボクが変態に思われてしまう……!
そういうプレイが好きなひとだと思われてしまう……!
しかし、クマは「えー、平気じゃん」と、遊戯のつっこみに軽く返した。
「車で部屋まで入れるとこにいこーぜ。その看板のとこでいいじゃん」
道路の脇にぽつんと立っている看板を指さす。ヘッドライトに映し出されるそれには、古色蒼然とした「モーテル ポキー」という字が浮かび上がっている。どうみても手書きだ。名前の下には、緑色のペンキで「車で10分→」と殴り書きされている。それも、いつの時代に書かれたのかわからないような古さだ。
「……行ってみても、存在してないんじゃない……」
「行けばわかるだろ。ここでぼーっと待ってるよりマシだしよ」
ほらほらと促され、遊戯はしかたなくハンドルを切って、私道のような、ほそい一車線の道に車を進ませた。
*
そのラブホテルは実在した。オリエンテーリングでもやっているかのように、点在する看板の矢印を何度も追っていくと、ようやく目の前に薄暗いライトで照らされたモーテルが現れた。入り口にはのれんのようなビニールのシート状のものが掛かっていて、ぺらぺらと風に揺れていた。端がほつれたようにちぎれている。中の様子はよく見えない。
正直、お化け屋敷みたいなんですけど!
遊戯は、隣のクマの顔をみた。あたりまえだがクマの表情は読めなかった。
「どしたの?」
「え、えっと」
「さっさと入ろうぜ」
うながされ、遊戯は覚悟を決めた。
まさか、中でとって食われたりはしないだろう。たぶん。
入ってみると安っぽいつくりのコテージが点在していた。郊外にあるカラオケボックスみたいだった。各コテージには駐車場があって、いくつかはすでに車で埋まっていた。
来てるよ、ここに!
遊戯は安堵しつつも驚愕するという器用な気持ちになって、空いているコテージに車を止めた。クマはさっさと車から降り、はやくこいよーと言いながらドアを開けて待っている。ここまできたら、覚悟を決めるしかない。
遊戯はダンジョンに踏み込む勇者のような気持ちで、コテージに入った。
閉めたつもりがないのに、ドアががちゃりと閉じた。遊戯はびくりとして振り返った。ドアに張ってある説明書きを読む。オートロックらしい。精算が終わるまで開かないようだ。ドアのそばにはゲームセンターの両替機のような精算機がおいてあった。
部屋のほとんどはダブルベッドが占めていた。
残りの隙間に、ワンドアのちいさな冷蔵庫と、簡素な作りの電子レンジと、ブラウン管の14インチのテレビ(コイン投入式)がぽつんと置いてあった。
ほかには風呂とトイレに続くドアだけだった。
プラズマディスプレイの大型テレビもない。最新ゲーム機もない。カラオケもない。DVDプレイヤーもない。BS/CSも見られなさそうだ。
(これって、ほんとにラブホテルなんだろうか……)
どこのカップルが来て、ここで楽しめるんだろうか。
遊戯は疑問に思った。
前に泊まったところなら、たしかに女の子が喜びそうだと思ったけどさ。
クマはさっそくベッドに寝っ転がり、ぱたぱたとその上で手足を動かしている。
「おー、手足のばせるっていいなぁ。遊戯も来いよ」
ぱふぱふとベッドを叩く。
「うん……」
「ずっと運転して、疲れてるだろ?」
それはそうなのだが。
靴を脱いで、ベッドに寝ころんだ。クマは、遊戯の頭を自分の腕にのせた。いわゆる腕枕というやつだ。
「腕、痺れるよ」
「へーきだよ」
海で濡れた部分はもうすっかり乾いているようだった。すこし近寄って、胸に顔をうずめると潮の匂いがした。
「こういうところ、初めて?」
遊戯は首を振った。
「前に、いっぺんだけ」
遊戯も一度だけラブホテルに泊まったことがあるのだ。といっても色気はない。大学生のときに獏良に連れられて静岡のプラモデルだかなんだかのイベントに行ったのだが、泊まる場所がなくて御伽と三人で利用したのだ。
男三人で大丈夫なのかなーと言い合いつつも、とりあえず行ってみたら、追加料金は支払ったものの問題なく泊めてもらえた。
遊戯は「獏良くんが女の子に見えたので大丈夫だったんじゃないかなー」と考えていたが、御伽は「もしかして僕らは親子連れに見えてるんじゃないのだろうか」と考えていた。獏良は何も考えていなかった。
広くてキレイでおしゃれなホテルだった。食事もちゃんと皿に盛りつけられた温かいものが出てきた。味もそのあたりのファミレス並だった。腹を満たし、風呂に入り、生理的欲求を満足させると、獏良は買ってきたフィギュアだかプラモだかを組み立てはじめ、遊戯は御伽とふたりで大画面テレビでゲームをして遊んだ。
「もっとキレイなとこだったよ。こういうとこは初めてだけどさ」
「ふーん」
いきなりクマが不機嫌そうな声を出した。遊戯は少し驚いて、クマの顔をみた。クマは天井を向いたままだった。
「城之内くんはさ、いろんなとこ、いっぱい来たことあるんでしょ?」
「フツー」
とりつく島もない。何か変なことを言ったのだろうか。
遊戯にはさっぱりわからなかった。
「ボク、お風呂はいってこようかな」
せっかく来たんだし、なぜかクマは機嫌が良くないようだし、疲れてるのも本当だし、風呂にでも入って、寝てしまうことにしよう。テレビもろくなのやって無さそうだし。
「待てよ」
そう思って起きあがった遊戯を、クマが止めた。遊戯はいぶかしげに、クマを見つめた。クマはそれにかまわず、ぐいっと遊戯を引き寄せた。
「うわ!」
遊戯はぺちゃりとクマの腹の上につっぷした。鼻がぶつかって、ちょっと痛かった。あいててと擦っていると、クマが遊戯の服を脱がし始めた。
「ちょ、ちょっと、城之内くん!?」
「どうせ、風呂はいんだろ」
「いいよ、自分で脱げるし!」
人に服を脱がせてもらうなんて、子供じゃあるまいし。
遊戯は顔を赤らめながら、クマの手を外そうとした。
「なんで、オレだとイヤなんだよ」
「へ?」
きょとんとした顔で遊戯は、クマを見返す。
低い、押し殺したような声が聞こえた。
「他の奴には見せてたんだろ?」
何を言っているのか遊戯にはわからなかった。
クマは遊戯のベルトを器用にはずして、下着ごとジーンズを引っこ抜いた。
「うわっ!」
黒のタンクトップとチョーカーだけを身につけた格好というのは、はっきり言って間抜けだ。遊戯はあわててクマの手から逃れて、風呂場に行こうとした。
「逃げんなよ」
腕をつかまれて、ベッドに放り投げられる。クマは風呂場においてあったタオルを手に取ると、遊戯の目をふさぐように巻き付けた。視界を奪われてパニックに陥った遊戯はズリ下ろすように頭をベッドに擦りつけたが、タオルはきつく結ばれていてほどけそうになかった。くい込んで痛い。
「城之内くん!」
「黙ってろよ」
口の中にタオルを突っ込む。城之内は、もがいている小さな身体を押さえながら、後ろ手にひねりあげた。
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