◆1

 クリスマスが過ぎ、大晦日が過ぎ、正月が明けた。
 とくに何も起きなかった。
 クリスマスはケーキとチキンをもって、友人の家に押しかけて遊んだし、年末年始は実家に帰って過ごした。正月休みが終わると、仕事に戻った。
 とくに代わり映えのしない生活だった。
 クマが居ようが居まいが、なにも変わらないのだ。




「ただいまー」
 そう言って帰っても、別に誰かが返事をするわけでもない。冷え冷えとした夜の空気だけが部屋を満たしている。遊戯は、ちいさくため息をついて暖房をつけた。部屋着に着替えて、まだ温まらないコタツに潜り込む。テレビをつけて、買ってきたハンバーガーにかぶりついた。さめている。
(わびしいなぁ……)
 一人暮らしをやめて実家に戻ったほうがいいのかもしれない。通勤がすこし面倒になるけれど。
 遊戯は、大学に入ったときに、念願の一人暮らしをはじめた。家から通えない距離ではなかったが、単にやってみたかったのだ。一人暮らしというやつを。
 友だちがやってきて、夜通しゲームをして遊んだりした。家ではやらなかった料理や掃除も、それなりに楽しかった。会社に入ってからは、友人たちと頻繁に会うこともできなくなったけれど、仕事を覚えるのに大忙しで、さみしさなんて感じてるヒマがなかった。
 さみしいんだろうか、ボクは。
 クマが出て行ってから、もうそろそろ一ヶ月が経つ。帰ってくる気配はない。いい加減に忘れた方がいいのもわかっている。それなのに、家に帰ると、つい和室の奥を見てしまう。足でめんどくさそうにふすまを開けて、ただいまという姿を期待してしまう。
 戻ってくるはずないのに。
 クマがいなくなってから、遊戯はいろいろと考えた。
 城之内が怒った理由もわからなくはないのだ。クマのプライドを傷つけた。そういうことなのだろう。居候のくせにプライドなんて持つなよ! ざけんなよ!と最初はやるせない気持ちで、クッションに、がすがすとあたったものだ。
 でも、最初から妙に義理堅かったのだ。あのクマは。
 自分のものを買うのに、遊戯の金は使わなかった。たかだかパンツ1枚でさえ、自分で買うからいーよと言って遊戯が買ってやろうとするのを断った。だったら家賃入れろ。バカ。
 そのわりに、新製品の物珍しそうなお菓子がでると「こーゆーの、お前好きじゃねぇ?」といいながら、買った方がいいぜと勧めるのだ。結局たべるのは自分のくせに。
 図々しい。
 それなのに、やさしい。
 遊戯が夏に風邪をひいたときは、「夏風邪ひくのってバカなんだぜ」とうれしそうに笑いながら、看病をしてくれた。続けて自分も風邪をひいていた。
 自分だってバカじゃん。
 バカでヘタレじゃん。
 借金だったら、高校のときの御伽くんのほうがよっぽど抱えてた。建てたばっかりの自社ビルが火事で焼けおちて、保険もなかなかおりず、お父さんが病院暮らしで、そのわりにちっとも苦労してませんみたいな顔してた。今は全額返済して、海馬くんほどじゃないけど会社やって、社員も抱えてる。
 見習えよ。
 プライドが傷ついたっていうなら、自分で借金返せ。
 別にあの金は惜しくない。貯金はまだあるし、どうせあぶく銭だ。手切れ金代わりにくれてやったと思えばいいのだ。
 来たときと同じように、突然いなくなっただけだ。
 それなのに、なんでこんなに毎日思い出すんだろう。
 なんで、こんなことを思い出すんだろう。
 テレビのお笑い番組の内容なんて、ちっとも頭に入ってこない。
 なんで毎日考えるんだろう。
 居候がいなくなっただけじゃないか。
 そう自分に言い聞かせながらも、きっとまだしばらくは考えてしまうのだろうと遊戯は思った。
 妙に頑固で、しつこいのだ、ボクは。