◆4
舌先が遊戯の口腔の中にはいってきた。初めてのその感触に、遊戯は違和感を覚えた。生温かい。もがきながら、逃れようとするが、両腕を縫い止められたように押さえつけられていた。上にのし掛かられていて、身を返すことも出来ない。上あごを舌先でくすぐられると、鼻に掛かったような声が漏れてしまった。男は声を出さずに喉だけで笑った。
「感じてるんだ。男にキスされて」
「ちがっ……!」
耳たぶを噛まれて、息を吹き込まれる。それだけでゾクゾクと身体の芯から沸き上がってくるのはまちがいなく快感だった。何度も何度も執拗に耳をなぶられる。そのたびに身体がヒクヒクと反応を示してしまう。喘いでしまう。こんな風になるなんて思わなかった。ちきしょう。
男は、遊戯の子供のようにほそい喉を舐め上げながら、下半身に手を這わせた。指先が、遊戯の下着のなかにするりと入り込み、まだ項垂れたままのそれを軽く擦り始める。硬直はしていないが、もうそれはすでに熱くなっていた。
「やだっ……!」
「オレだって、男相手は初めてだぜ」
肩口を舌でなめ、乳首にきゅうっと吸い付いた。遊戯は思わず声をあげた。何度も甘噛みをされる。何度かやわらかく、それからきつく。快感じゃないと思う。これはただの違和感だ。そう思うのに、腰の、背骨の奥のところがずんと重みをおびて、下半身に熱が籠もった。
「乳首感じやすいよな。好きなのか?」
「知らないッ!」
「自分で弄ってたんじゃねぇの? それとも他の男?」
あるわけがないだろう!
そう抗議したくても、漏れ出そうになるあえぎ声を止めるために口を閉じているので精一杯だった。ぎゅっと奥歯を噛みしめて、声を堪える。感じてなんかいない。いるわけがない。だって初めてなのだ。ちきしょう。感じるわけがないだろう。
それなのに、男の片手に握られたそれはもう固く育ちきっていた。
「お前、すげぇ、感じやすいのな」薄い肋骨のひとつひとつをなぞるように舌でたどる。それだけで遊戯は泣きそうになった。「こっちたいして弄ってねぇのに、こんなとこも感じるのかよ」
「感じてないッ!」
「でも、ぬるぬるしてんぜ。どういう身体してんだよ。やらしいな」
親指が意地悪く遊戯の先端を嬲った。遊戯は悲鳴をあげた。
男の頭は、執拗に胸を弄ったあと、さらに下がって腹を撫でた。脇腹に触れられてひどくくすぐったかったが、舌でべろりと丹念に舐められると、それ以外の甘い感覚が沸き上がってきて遊戯は戸惑った。なんだよ、これ。
「泣いてんのかよ」
「泣いてないよッ!」
「味するぜ」
男は顔をあげて、遊戯の目元を吸い上げた。しょっぱいといいながら、また唇を重ねる。舌を噛んでやろうとおもうのに、きゅっと吸われると抵抗できなかった。男の唾液が口腔にあふれてきて、おぼれそうになる。必死で吸った。
「腰、動いてる」
やらしいのと耳をまた甘噛みされながら、揶揄される。
遊戯の先端からは、とろとろと蜜がこぼれている。
男の手で擦られて、呻いた。感じていた。
してないからだ。男が来てから、自慰をしてなかったからだ。その前も仕事で忙しくてしていなかった。たまっているせいだ。それだけだ。遊戯は、もう何も考えられなくなった。目をつぶった。何をされているのかも考えないことにした。何も耳に入らなかった。ただ腰を動かして快感を追った。こんなのただの生理現象だ。しかたのないことだ。触ったら出るのは男の摂理なんだから。
すぐに出る。出てしまう。出したい。
そう思うのに何かがせき止めている。男の指がくびれを押さえている。
「人に言えないようにしてやるって言っただろ?」
耳元で笑う男の声がした。
さらけ出していた下半身に、なにか温かい濡れたものが触れた。いつのまにかケモノのような四つんばいにさせられていた。腰を高くかかえ上げられ、男の前に尻をさらけ出している。信じられないような格好だ。
「ここさ、気持ちいい?」
ぬるりとした生温かい感触が、誰にもみせたことのない場所をえぐった。
舌だ。
遊戯はちいさく喘いだ。
なんだよ、これ。
「女相手に突っ込んだことはあんだけどさ」
ここ舐められるのって女でも好きなんだよな。お前はどうよ?
なんども舌先でえぐられて、遊戯の両足はがくがくと震えた。舌だけではなかった。たっぷりと唾液で濡らした指先が入り込んでくる。ぬちぬちと淫猥な響きが耳に届いて、遊戯は羞恥でまっ赤になった。入ってる。そんなとこに指をいれるなんて。
「おか、しい」
「うん」
男は冷静な声で答えた。その声を聞くと、自分だけが熱くなっていることが恥ずかしく思えた。遊戯はもう両膝をついていられなかった。力が抜けて横臥すると、片足を担ぎ上げられた。
「でもよ、これぐらいしないと。お前、人に言うだろ」
「い……、言わない……」
遊戯は首を振った。男は舐めるのをやめて、指で遊戯の内部を煽った。ぬれそぼったそこは、男の節くれだった指を飲み込んでひくひくと動いている。
ちいさいのにイヤラシイのな。男はそう思った。
男相手は本当に初めてだったし、こんなガキ相手にできるのかと思ってたけど、大丈夫そうだった。だってこんなに喜んで飲み込んでる。
感じる部分ってあるんだっけ? もう一本指をふやして、ばらばらに動かしてみる。どこかに当たったとたん、あまい悲鳴が聞こえた。耐えきれずに出してしまったような声だった。そのあたりを重点的に弄ってやると、もうやめてよと、啜り泣きながら力なく言う。その声に、男の嗜虐心が煽られた。やべぇ。突っ込みたい。
「指より、いいモンいれてやるよ」
遊戯の足が大きく広げられた。男は指をぬいて、代わりに自分をあてがった。体重をかけて先端をめり込ませる。
遊戯は悲鳴をあげた。
「男に突っ込まれて、よがれよ」
そうしたら誰にも言えないだろ?
先端のふくれた部分がめり込んで、男はきつい痛みとともに快感を味わった。
*
「よろこんでたじゃん」
最後の方は、自分からケツ振ってよろこんで啼いてたぜ。
見た目だけはかわいらしいクマの格好でそう言われると、むちゃくちゃ違和感があった。
くそう、誰のせいだ。誰の。
この変態グマめ。
遊戯は、布団にねっころがったままため息をついた。窓の外はすっかり明るくなっていて、鳥のさえずりまで聞こえた。さわやかな朝だ。身体が疲れ切って、妙なところが筋肉痛で、喉が痛くないのなら。おまけに布団がべとべとだ。しかたがないので、今は昨日は使っていなかった客用布団の方に避難していた。
結局、一晩中してたのだ。
初めてなのに、怪我らしい怪我はどこにもなかった。くやしいぐらい気持ちよかった。ただ擦られた部分がひりひりと痛んだ。
比べる相手がいないからわからないけれど、上手いのだろう。
たぶん。
快感に気を失って、そのまま寝てしまったらしい。目を覚ましたら、クマがのぞき込んでいた。またあの着ぐるみを着用しているらしい。もういいけどさ。何を着ていようが。
「出かけないでいいのかよ?」
「電話して、休む」
週のなかばだし、月末だし、這ってでも行きたいところだが、このまま出社してもろくに仕事も出来そうにない。ああ、こんなことで有給をつかうなんて。とにかく一日で治さないと。
「おなかすいた」遊戯はぽつりと言った。「なんか作って」
「しょうがねぇなぁ」
クマは妙に陽気そうに言った。このまま、居座る気なのかコイツ。
その気満々なのだろう。鼻歌をうたいながら、クマは台所に立った。おかゆでいい?なんて聞いてくるので、唸って返事をした。トントンと何かを刻んでいる音がする。遊戯はふすまを開けて、台所に立つクマの後ろ姿を見た。シュールだ。
あれで口封じのつもりかよ。
バカじゃん。
遊戯はためいきをついた。
そんでもって、それに付き合ってしまうボクもバカじゃん。
強姦だぞ、これ。犯罪だっていうのに。
「ねえ」
「ん〜」
「名前、教えてよ」
「名前?」
「ずっとここに居るつもりならさ」
聞いておきたいじゃんと呟く。クマは何も言わなかった。くつくつと粥を煮込んでいるらしい音がした。やっぱり教える気はないのだろうか。そうだったら哀しいなと遊戯は思った。悲しむ必要もないんだけれど、本当は。ただの押しかけ居候で、着ぐるみマニアで、男の自分相手に強姦してしまうような男だ。でも、そう思うんだ。なんでだろう。
しばらくしてから、声が聞こえた。
「じょーのうち」
「城之内?」
遊戯は聞き返した。
「じょーのうち、かつや」
クマはそう名乗ると、おかゆ出来たぞと照れたように呟いた。
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