◆4

 今年のクリスマスはどうするの?と職場でたずねられた。
 「友だちと過ごすんですよー」と答えたら、女の子の友だち?なんて聞かれてしまった。
 どうして女の人はこういうことにカンがいいんだろう。
 遊戯には、本当にそれが謎だった。
 いや、女の子じゃないんだけどさ。



 クリスマスは家で過ごすつもりだった。
 密かにケーキの予約もしたし、チキンも頼んでしまった。一人きりだと買う気にはなれなかったのに、今年はクマがいるからと、つい張り切ってしまったのだ。
 もしかしてボクは浮かれているんではないだろうか。
 恋人同士ってわけでもないのに。
 家路を急ぐ遊戯の顔が赤くなった。耳まで熱いような気がした。あたりはとっぷりと暮れていて、真っ暗だった。星がちかちかと瞬いている。今日は風が強くて、遊戯は首を縮めた。
 いや、本当に別に付き合ってるわけじゃないし、ボクら。
 誰も問いただしていないのに、心の中で弁明する。
 あんなことまでしてるくせに、なんなんだろうとは思うけど。
 そもそも、恋人なんて甘い感じはぜんぜんしない。
 ごろごろ寝ているだけのクマだ。
 恋人なんてものをつくったことがないから遊戯にはよくわからないが、告白して、デートをして、キスをして、いいムードになったりして、甘い言葉を囁いたあとで、ホテルに泊まったりするもんじゃないかと思う。
 もちろんクマとそんなことはしたことがない。
 キスもしたし、ホテルにも泊まったが、恋の語らいというのにはほど遠い。
 別にクマにそういうものは求めては居ないのだが。
 (やることは、やってるんだけどなぁ……)
 よくよく考えれば、そのほうが問題な気もする。
 もしかして、これはセックスフレンドというのだろうか。
 なんてこった。
 誰もいない夜の道で、遊戯は急激に羞恥心に襲われた。
 (……今更だけど、ボクは激しくスケベな男なのかもしれない)
 いや認めますよ。いまさらセックスに興味がないなんて顔はしませんよ。聖人君子じゃないし。気持ちいいのは本当のことだし。城之内くんのことも好きだし。
 でも、だからって、このまま、なぁなぁでセックスし続けるのも良くないよなぁ。
 家の近くの公園を抜けながら、遊戯はふうっとため息をついた。
 クリスマスプレゼントにあの書類を渡したら、将来のことでも考えようかなぁ。
 結局、何も問いたださずに、一年近くを過ごしてきてしまったのだ。
 いい加減にも程がある。
 だから何とかしようと、城之内のことを調べてもらったし、借金問題もめどをつけたのだ。非合法スレスレの金融会社ということもあって、融通が効いた。本人が立ち会わなくてもよかったのは助かった。相手の会社だって、一切労力を払わずに、全額支払って貰えたのだ。文句のでる筋合いはなかった。
 そうだよな、城之内くんもあんな着ぐるみを着込む必要だって、もう無いんだ。
 もっといい働き口だって見つかるだろう。
 ちゃんと給料が入るようになったら、城之内くんはあの部屋を出て行くかもしれない。
 そう考えると、胸の底が急に冷えた。
 さっきまでのウキウキした気分が一掃されてしまった。
 うれしいはずだし、よかったと思うのに、哀しい気分になった。
 別に将来を約束したわけでもなんでもないのだ。
 でも、できれば、居て欲しいなぁ。
 ルームシェアってことでさ。
 目頭が急に熱くなってきた。遊戯はあわてて腕で目を擦った。
 いやだな。
 ひとりで居るのを考えるだけで、さびしくなるだなんて。

* 

「ただいまー!」
 さっきまでの憂鬱を払うように、遊戯は元気よくアパートのドアをあけた。
 クマからの返答はなかった。いつもなら、めんどくさそうに「おかえりー」という声が聞こえるのに。和室のふすまはぴしゃりと閉じたままだ。
(どうしたんだろ)
 まだ、寝てるのだろうか。テレビの音は聞こえてこない。
 うがいと手洗いをして、コートを脱ぐと、和室のふすまを開けた。
「城之内くん?」
 クマはコタツにあたっていた。じっと腕組みをし、考え事でもしているように、天板を見つめている。いつものようにエロ雑誌でも読んでいるのだろうか。
「どうしたの、ごはんは?」
 食べてないなら、ピザかなんか取ろうか?
 そう聞いてみるが、クマはピクリとも動かない。
「城之内くん?」
 いぶかしげな声で、クマの顔をのぞき込む。当然だが、表情はわからない。
「これ」
 クマは、ふかふかの指で、コタツの上に置いてあった紙のたばを示した。
 遊戯は、青ざめた。
「そ、それ……!」
 遊戯が御伽に頼んで調べてもらった城之内の身上書と肩代わりで返済した借金に関する書類だった。
「なんで、お前が、こんなもの持ってんの?」
 クマは絞り出すように言った。声は低く、怒気に満ちていた。
「だ、だって……」
「オレ、お前に、なんかしてくれって、言った?」
 クマは顔をあげて、遊戯を見た。
 遊戯は、何も答えられなかった。かわりに、こう訊いた。
「どうして、怒ってるのさ」
「怒るに決まってんだろ!」
 クマは、バン!と荒々しく両手でコタツの天板を叩いた。遊戯は身体をすくめた。
「お前に借金返してもらって、施しをうけて、ありがとうございます、感謝してますとでも言うと思ったのかよ! 頭下げて、はいつくばって喜んで見せろっていうのかよ! オレは物乞いかよ! 金をめぐんでもらってうれしがればいいのかよ!」
 遊戯は反論した。
「別に感謝してほしくてやったわけじゃないよ!」
「じゃあ何で、こんなことしたんだよ!」
 どうして、こんなことをしたのだろう。
「ボクは……」
 喜ぶと思って。
 城之内くんが喜んでくれると思って。
 喜んで欲しかったから。
「オレはよ」クマは低い声で続けた。「あんま、ろくな人生送ってねぇけど、誰かに憐れまれたくて生きてるわけじゃねえよ」
「そんなつもりじゃない!」
「だったら、どうしてオレに聞かなかったんだよ。こそこそして、オレのこと調べて」
 そういうやり方がむかつくんだよと、城之内は続けた。遊戯は思わず叫んだ。
「何も言ってくれなかったじゃないか!」
 城之内は遊戯を見つめた。
「城之内くんは、ボクに何も言ってくれなかったじゃないか!」
「必要ねぇだろ!」
「心配ぐらいしたっていいだろう! 一緒に住んでるんだから!」
 城之内は何も言わなかった。遊戯も何もいわず、身じろぎもせず、クマをじっと見つめ返した。部屋は静まりかえっていた。壁にかかっている時計の秒針の音が聞こえた。
 ふーっと大きなため息がクマから漏れた。
「わかったよ」
 何がわかったというのだろう。遊戯はくっと唇を噛んだ。
「出てくよ。こっから出ていけば、もう関係ねぇだろ」
 クマはすっくと立ち上がると、そのままスタスタと玄関に向かった。遊戯が止めるひまもなく、バタンと扉が閉まった。
 クマは、その日からもう帰ってこなかった。