お正月です。
遊戯くんは、お友だちとお参りに行くのを楽しみにしていました。みんなと待ち合わせて、近くの童実野神社にお参りして、おみくじをひいて、お守りと破魔矢を買って、甘酒を飲んで、参道の出店をひやかしながら帰るのです。
しかし、それを阻むものがいました。
「貴様はッ! オレをッ! 置いていくつもりなのか――ッ!」
たまごです。
たまごは武藤家の居間をぴょんぴょんと跳びはねながら、おせち料理をつまんでいた遊戯くんにダイレクトアタックをかましていました。
「そんなこと言ったって、無理なもんは無理だってばー」
「貴様は、あのご立派な学友どもと行けて、どうしてオレとは行けぬというのだ!」
たまごは、ご立派というところにたっぷりと皮肉をこめて言いました。自分ひとりを置いて、遊戯くんが遊びに出かけるのがとても気に入らないようです。
「だって今日は元日だし、人ごみが凄いから無理だもん」
たまごだって潰れちゃうよと遊戯くんはいいました。童実野神社は参拝客数十万の人出とニュースに出るほど大きな神社ではありませんが、それでもそれなりに人は来るのです。
たまごがのんきに飛び跳ねていたら、誰かにぺちゃりと潰されてしまうかもしれません。世の中はたまごが考えるより広いのです。
たまごの殻はかなり丈夫なようですが、万が一尖ったモノが刺さったりとか、車にひかれたりとか、誰かに境内から投げ落とされたりしたら割れないという保証はありません。
それに、しゃべるたまごなんて珍しい!と誰かに持ち逃げされるかもしれません。
だから、おうちでちゃんと留守番しててよ、お土産買ってくるからさ――と遊戯くんは言いました。
「夕飯の時間までには帰ってくるしさー。学校行ってるときとかわらないでしょ?」
「フン!」
それでも、たまごは不服な様子です。ぷりぷり怒って、テレビで巨乳アイドルの特番を見ていたおじいさんの背中をガスガスと攻撃していました。おじいさんは腰が!腰が!と悲鳴をあげましたが誰も聞いていませんでした。
遊戯くんは困ってしまいました。もうじき待ち合わせの時間になるのに。
とりあえずコートを着て外出する用意をしました。それをみたたまごは怒りを露わにして跳ねまくり、おじいさんは処刑場の罪人のような悲鳴をあげました。このままでは、おじいさんの背骨が折れてしまいそうです。
「これを使えばいいんじゃないのかしら?」
先ほどから納戸でごそごそやっていたお母さんが持ってきたのは、おんぶひもでした。
「……これって、赤ちゃん用じゃん!」
「そうよ、遊戯が赤ん坊のころに使ってたのよ」
お母さんは懐かしいわね!とにこにこしています。これでたまごをおんぶしてお参りに行けというのでしょうか。遊戯くんは微妙な気持ちになりました。たまごのことはけっこう好きだと思うし、愛着もあるのですが、高校生の男のボクがおんぶひもを使うって、それって抵抗あるよね!とも思うのです。ホントに赤ちゃんならともかくさー。
「フムン」
しかし、たまごは満足そうな声をあげました。「それほどまでに貴様が言うのなら、オレもそのお参りとやらに行ってやってもよかろう」と。新年になってもあいかわらず尊大な言い方でした。
「しかし背中ではなく、前につけてもらいたい」
たまごはお母さんに注文までつけています。遊戯くんの顔が見えるほうが安心するのでしょう。どんなに偉そうなことをいっても、まだ生まれる前のたまごなのです。
「前、前、だっこね」
お母さんは両方対応してるタイプだから大丈夫よーと、遊戯くんにひもを付けさせました。遊戯くんはしょっぱい顔をしながら、たまごを抱っこしました。抱っこするのが嫌いなわけではないのですが。
「そうそう、せっかくのお出かけなんだから、これを付けていくといいわ」
お母さんがどこからともなく取りだしてきたのは、かわいらしいよだれかけでした。遊戯くんが小さいころに使っていたものです。

「……こんなもので寒さよけになると思うの、ママ?」
「え、ただのおしゃれよ?」
だって新年のお出かけですもの。それともセーターか何か着せた方がいい?とママは小首をかしげました。遊戯くんはママと話をするのを諦めました。
「ふぅん、このようなものを貴様は幼児のころから身につけていたというのか」
今は身につけていませんが。
「気に入らないの?」
「フン。他にないというのなら、仕方がなかろう」
そういいながらも鼻歌(?)みたいなものが聞こえてきます。けっこう気に入っているみたいです。遊戯くんのものだったからなのか、それとも単にそのよだれかけが気に入ったのかはわかりませんが。
お母さんはよく似合っているわよと鏡を持ってきて、たまごにみせてあげました。たまごは気取って、くいくいと向きを小刻みに変えて、鏡に映る姿をチェックしていました。
「おーい、遊戯ー!」
お友だちの城之内くんの声がします。
時計をみると、もう約束の時間はとっくにすぎていました。迎えにきてくれたみたいです。
「行ってきます!」
たまごがぶるぶる震え出すのを押さえながら、遊戯くんは、あわてて外に出かけていきました。
あけましておめでとう!