「おにはーそと!」
「ふくはーうち!」
*
2月になりました。今日は節分です。
童実野神社では、最近人気のアイドルグループ「ダーツとドーマ三銃士」がやってきて豆まきのイベントに参加するというので、遊戯くんはそれをとても楽しみにしていたのです。
遊戯くんのお友だちの城之内くんは、「ヴァロンにサインもらうぜ!」と気合いをいれていました。「あいつのギターは、こうハートにがっ!と来るんだよな!」
「ボクは、ラフェールさんかなぁ」
ラフェールはドラム担当です。大きくてがっちりした強面の見かけと異なり、とても紳士的で、ファンに優しい好人物として有名でした。
ラフェールさんなら握手してくれるかもしれない。それに握手してもらたら背が伸びるかも知れないし。そんなことはあり得るわけがないのですが、だって御利益ありそうなんだもんと遊戯くんは、勝手に理由をつけていました。
遊戯くんは、平均身長をかなり大幅に下回る自分の体躯をちょっぴり気にしていました。効き目がありそうなことはなんでもしてみたいお年頃なのです。
そんなわけで、遊戯くんは節分の日曜日、童実野神社に行く気満々だったのですが、いつものように問題がありました。
たまごがすねていたのです。
*
遊戯くんがひろってきたたまごは、すくすくと育ちつづけ、もうとっくの昔に、遊戯くんの身長を超えていました。正月のときのように、背負っていくこともできません。
「このッ! ろくな暖房設備もない部屋で! オレひとりで凍り付きながらッ! 留守番をしろというのかッ! 貴様はッ!」
いちいち感嘆符をつけながら話をしないでほしいなぁと、遊戯くんは思いました。
たまごだって、常に興奮しているというわけではありません。
遊戯くんに宿題を教えているときなんかは、落ち着いて静かに話すのです。そういう時の声は、男らしくてほれぼれするほど素敵でした。でも遊戯くんがちょっとでも離れると、すぐに高ぶった声をだして騒ぎ立てるのです。学校にいくときとか、お友だちと遊びに行くときとか、今みたいなときとか。
「でもさぁ、もう部屋から出られないんだし、しょうがないじゃん!」
「今日は! 日曜日だぞっ!」たまごがわめきました。「今日は一日中、貴様と過ごせると思っていたというのに……ッ!」
かわいいことを言います。
ほだされちゃうなぁと遊戯くんは思いました。
別にたまごと居るのがイヤなわけではないのです。話も気が合うし(カードゲームのことしか話をしていませんが)、宿題もみてもらっています。育ての親なわけですし、愛情もあるのです。
でも、やっぱり生で芸能人みてみたいもん。
遊戯くんは意外とミーハーでした。
「見たら、すぐに帰ってくるから」
「貴様が出かけるというのなら、オレは自殺するぞ!」
たまごが、遊戯くんを脅迫しました。
「どうやってだよ!」遊戯くんがつっこみを入れました。
「このベッドから飛び降りてだ!」
それぐらいわからんのか!とたまごが言い放ちます。遊戯くんには、それぐらいでたまごが割れるとは思えませんでした。だって、小さいときはボクのお腹ぐらいまでぴょんぴょん跳びはねていたし。だけど、そこまで身体(?)を張って、遊戯くんのお出かけを止めようとしている姿には、妙に心を打たれました。そんなにボクに居てほしかったんだ。やだなぁ、ちょっと照れちゃうよ。妙にポジティブな遊戯くんでした。
でも約束しちゃってるし。
「わたしが見ていてあげるから大丈夫よ」
「ママ!」
いつの間にか遊戯くんのお母さんが、部屋の入り口に立っていました。
「ぬぬぬ!」たまごが揺れました。「貴様ごときに、このオレが止められると思っているのか!」
「それにしても、たまちゃんは遊戯にべったりねぇ」
お母さんは、たまごのつっこみを華麗にスルーしました。
「そのような卑猥な名前で呼ぶなッ!」
「きっと孵ったら、遊戯のことをお母さんって呼ぶわよ。それともママかしら、マミィかしら」
「えー、それはちょっとやだなぁ」遊戯くんは眉をしかめました。「だいたい、なんでお母さんなのさ。それを言うのなら、パパとかダディとかじゃないの?」
「言うわけがなかろう! 今だって呼んでおらん!」
「おとうさんがたまごを孵すなんて、タツノオトシゴか、モリアオガエルみたいよねぇ」
「ひとを魚類や両生類とおなじにしないでよー」
「オレをそのような生き物と一緒にするな!」
「そういや回覧板でツボカビに注意って言ってたわ」
「うちのたまごは、大丈夫かなぁ?」
「カエル以外は大丈夫みたいよ」
「おい、貴様ら。聞いているのか?」
「でも、もしたまごの中身がカエルだったら危険じゃない?」
「殺菌しておいたほうがいいかしらねぇ」
「貴様ら、オレの話を聞けぇ!!」
*
けっきょくたまごを置いて、遊戯くんは童実野神社に向かいました。
たまごは、ふてくされていました。
「元気だしなさいよ、たまちゃん。すぐに帰ってくるわよ」
「ふん! 遊戯が、立派なご友人とやらと一緒にでかけると、帰りが遅くなるのがいつものことではないか!」
「そうだったかしら」
「そのようなこと、すでにデータ的にも証明されておるわ!」
たまごは、ひとりにしておいてくれとお母さんに言いました。
「自殺はしないの?」
「オレがそのような負け犬のロードを突き進むとでも思っているのかッ!」
「それじゃ御夕飯の用意してるから、何かあったら声かけてちょうだいね」
「ふん」
お母さんは部屋をでていきました。たまごはひとりぼっちになりました。
階下の店の方から、たのしそうな声がきこえてきます。おじいちゃんがお客さんを接客中なのでしょう。
遊戯くんが学校に行っていると、たまごは、いつもひとりなのです。
まだ、たまごが小さかった頃は、いろいろと他の部屋をうろついたり、遊戯くんを迎えに行ったりできたのですが、今はもう大きくなりすぎて、ドアの外にも出ることができません。
「……ふう」
たまごはため息をつきました。別に失望もしておらんし、寂寞も覚えておらんわ! そう心の中で思いましたが、口にはだしませんでした。遊戯くんがいないと静かなのです。
あの男は理解できないのだ。
たまごは、そう思いました。
――自分がたまごの身で、この狭く小汚いオモチャの散らばった部屋に閉じこめられていて、あの男以外に待つ相手もいないのだということを。
(オレには、貴様しかおらんのだぞ)
たまごは、胸の中でつぶやきました。
あの男がオレを温めているのだから、もっと責任をとるべきだ。学校は我慢してやっているというのに、あのバカはそれをわかっていない。
端的にいえば、ひとりぼっちでいるとさみしいから一緒にいてくれということなのですが、たまご的にはそれを認めることはできませんでした。そんなことを言うのは子供っぽいように思えたのです。
遊戯くんが出て行ってから、まだ1時間もたっていません。
きっと帰ってくるのは夜になってからでしょう。
「ふぅん。別にあんな男がいなくても、オレはつらくも淋しくもないがな!」
たまごは、そう言って虚勢を張りました。
そのときでした。
「えー、そうなの?」
ドアのところから、声がしました。
*
「遊戯!」
たまごは、びっくりしてぶるぶると震えました。
遊戯くんがなぜか、もう帰ってきたのです。
「貴様! なぜ、ここに居るのだ!」
「みんなと待ち合わせのとこに行って、挨拶だけして帰ってきたんだよ」
遊戯くんはピンク色のコートをぬいで、ハンガーにかけながら答えました。遊戯くんはお友だちたちに、ダーツ様とドーマの三銃士の写真をとっておいてね!と頼んだあと、いそいでおうちに戻ってきたのです。
「なぜだ!? お前はお友だちとやらと、アイドルを見に行きたかったのではないのか!」
「だって、ボクがいないとさびしいんでしょ?」
遊戯くんはたまごの表面をつるりとなでました。たまごは、激しく震え、ベッドがきしきしと鳴りました。
「べ、別に、淋しくなぞないわっ!」
「ほんとに?」

両腕で、たまごをきゅっと抱きしめて頬をくっつけました。たまごの表面がぽかぽかとあったかくなってきます。遊戯くんは、にこにこしました。たまごの気持ちなんて、けっこうわかりやすいものなのです。
「ふたりで一緒に豆まきやろうよ」
「ふぅん」たまごは、尊大そうに肯きました。「貴様が、やりたいというのなら、しかたなかろう」
「じゃあ、君が鬼の役ね」
「何イッ!」
「豆ぶつけるのできないじゃん」
「おのれぇえええ!」
遊戯くんはうれしそうに笑いながら、たまごのてっぺんに鬼の面をかぶせてやりました。